第59話 野良犬の飼い方

2011年07月18日 00:15

考えてみれば、私が幼い頃の時代は、犬を飼うといえばそれは野良犬だった。当時は野良犬があふれていた。保健所が徹底的に「駆除」するまでは、おそらく日本中そうだったろう。だから、私も経験があるが、可愛い子犬を拾ってきて、母親に叱られる子供が、日本中至る所に居たはずだ。今の若い世代には想像できないだろうが、昔は野良犬を飼う事は、それほど珍しい事ではなかったのだ。ところでこういう子犬は、普通の犬とどこか違うのだろうか。実は小さければ、あまり変わらない。成犬の野良とはわけが違う。つまり野良生活の日数あるいは年月によって、ひと言で野良といっても全然違うわけだ。また、途中で飼育放棄された捨て犬も、同様に野良生活の長さに比例して違うだろう。さらに、人間に飼われた経験がない純粋な野良犬とでは、これまた全く違うだろう。野良犬といってもいろいろなわけだ。


今から20年ほど前、最初のドーベル「イシュ」を飼う前だが、私の母と弟が相次いで野良犬を飼った。母親が飼った野良は、推定5歳以上の成犬で、野良生活が長かったのか、ボロボロの状態だった。よほど空腹だったのか、玄関先でたまたま出くわした母に、食べ物をねだり、哀れに思って食べ物をあげたところ居ついた。両者の関係はペットと飼い主というよりは、単に食べ物でつながっていただけの状態だった。名前を適当につけたが(確かジョン)、そんな事はお構いなし、呼んでも愛想など全くない。犬小屋(というかスペース)を用意してあげたところ、やっと厳しい放浪生活から開放されたと思ったのか、ホッとした様子で、出て行こうとはしなかった。「自由」なんて真っ平ごめん、ワシはここを離れないぞ、という感じだ(この事からも、野犬ではなく捨て犬と推定される)。せめてオスワリ・フセぐらいの愛嬌を振り撒けよ、と私が調教を試みたが、「じゃかましい!」と牙を剥かれるだけだった。


しかし母はこの犬を、非常に可愛がった。なぜなら、食事分以上の働きをしてくれたからだ。どんな仕事か。そう、番犬だ。当時母は父と別居し、新たに購入した一軒家に一人で暮らしていた。男の私でも山荘に一人で居ると怖い。獰猛な忠犬が側に居るのと居ないのとでは、安心感が(実際の安全性も)全く違う。一方ジョンも母に恩義を感じていたのか、母を守ろうとする意識が、明らかに有った。私が母とちょっとした口論をした時など、ジョンの鋭い視線を感じた。例えばの話だが、もし母に暴力を振るおうものなら、ジョンが飛び掛って来たに違いない。「俺の金づる(飯の種)に何をする!」なのか「俺の家族に何をする!」なのか、理由は分からないが、犬という動物の性質とは矛盾しない。 そして、やがて両者には、絆が育まれていった。年季の入った野良犬を飼うのは非常に難しい。しかしこういう稀な成功例もあるのだ。成功の要因は何だったのだろう。まず何といっても前述の利害の一致がある。互いに互いを必要としていた。そして両者は、それ以上は何も求めなかった。必要なかった。だから無理に調教をする必要もなかった。もし無理をしていれば、あのような幸せな関係にはならなかったと思う。ジョンが死ぬ頃には、両者の関係は深い絆で結ばれていた。相手は筋金入りの野良だ。それはひとつの奇蹟だった。


弟が飼った野良は、可愛い子犬だ。名前はラッキー。保健所送りにならなくてラッキーな子という意味だった。しかしこの子は、かなり不幸な末路をたどる事になる。非常に可愛い子犬だった。とにかく、ぬいぐるみのような可愛いルックスで、成犬になってもそのままのルックスで大きくなった。愛嬌たっぷりで人なつっこく、しかも利発だった。教えれば、コマンドもどんどん覚えた。無駄吠えもなく、声がまた、とても可愛らしかった。本当に良質な素質を持つ子だったのに、なぜ不幸に? ・・・飼っていたのが、転勤族の当時まだ独身の弟だったからだ。弟も当時自分で購入した一軒家に一人で住んでいた。数年間ラッキーと幸せに暮らしていたが、転勤の為そこを上の兄夫婦に譲り、ラッキーも託した。弟は初めての遠い地方への転勤、会社が用意してくれた部屋はペット禁止、泣く泣くあきらめた。私が飼えば良かったのだが、もうイシュも居たし、乗馬の試合に出る為にあっちこっちへ遠征していたので無理、よその家に行くよりは、住み慣れた家の方がいいだろうという判断もあった。だが・・・兄嫁は、あまり犬が好きではなかったようだ。しかも、わんぱく盛りの小さな男の子が3人も居た。小さな男の子は、犬にとって天敵ともいえる存在だ。ラッキーがその後どうなったかは、・・・想像にお任せする。


ひとくくりに野良犬といっても両極端なジョンとラッキーだが、このようにその後の人生も両極端になった。牙を剥くような危険な野良の成犬が、なぜ飼い主と深い愛で結ばれ、幸せな最後を迎えられたのか。犬の調教ではよく、応用行動分析でいうところの、嫌子出現(嫌な事が起きる)による(行動の)弱化という手法が用いられる。簡単に言えば、吼えるたびにぶん殴れば、犬はおとなしくなり従順になるという考え方だ。確かに犬にはそういう面がある。目立たない何だかの方法でこの手法を使えば、その瞬間はまるで魔法のように犬は従順になり、飼い主はそのトレーナーの魔術に、さぞ驚く事だろう。しかしこの手法は、よほど悪魔のような恐ろしい手段でも使わない限り、おそらくジョンには通じなかっただろう。老獪な野良ジョンには、もう弱みなどない、怖い物などない、そうした超然としたところがあった。そもそも、もうこれ以上ないほど嫌な体験を積んできた野良犬に、今さらさらに嫌な事を追加しても、効果はほとんどない。


ジョンの場合、飼い主が何も望まなかったし何も要求しなかったのが良かったのだと思う。ただそこに居てくれるだけでいい、両者は互いに干渉せず。そういう淡白な関係だったから、自然発生的なものも含め嫌子の出現が無かった。つまり逆に、「嫌子消失による強化」という現象が起きたわけだ。そうして良い意味で年月が積み重なり、やがて深い愛情と信頼をもたらしたのだろう。成犬野良の調教には、安易な手法は通用しない。もちろん犬の威嚇に怯えない毅然とした態度が必要だが、同時に、深い優しさ、寛容さが求められる。もしおやつを食べてくれるのなら、それを利用していろいろ遊べるはず。何かする度によく褒める。この人と居ると楽しいと思わせる。焦らず、年月をかけて絆を少しずつ深める。短気は絶対禁物。不必要に絶望せず、長い目で見る。繰り返しになるが野良は叱っても逆効果になる可能性が高い。笑顔と友情で良い方向へ導く。育まれた本物の絆でなければ、人間不信を持ち人に媚びない野良成犬は、パートナーにはならないだろう。これは、保健所で引き取ったワンコとの付き合いにも言えることだと思う。

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愛情あふれる環境の中ボールとたわむれるチビッ子 ・・・ 不幸なワンコ達の事を考えると、胸が痛む。



マスカーニ・カヴァレリア・ルスティカーナ






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コメント

  1. さらだ | URL | B6Sud9Cs

    初めまして

    履歴から参りました。
    ノラ犬の話し 良い子だった子が最後は。。は 想像したくないな・・最悪な結果で無い事を祈るのみです・
    先代犬のラッキーと同じ名前だたので 感情移入してしまいしまたわ。

    パパさんの記事は興味深い話しばかりでどんどん↓をさかのぼって読んでしまいました。
    新聞渡しは2代に渡る仕事にしています。 一人の時もあるのですが 運んだ事を褒め 
    ありがとう~と言って口から離し受け取り褒めてますよ。 
    またかみ癖調教 2は その通り~と 頷きながら読ませて貰いました。 
    自信つけ・・訓練にもとても重要で 意欲のある子 萎縮しないこに育てたいので
    パパさんと同じ様に してますよ・・・

    勝手にリンク致しました。 また遊びに 勉強に参りますね 
    よろしく お願いします

  2. イシュのパパ | URL | -

    Re: 初めまして

    さらださん こんにちは、はじめまして ようこそ!
    お褒めの言葉を頂き、うれしいかぎりです。
    ブログを始めて半年あまり、初めてなので試行錯誤でしたが、
    何とか人様に読んでいただけるような形に出来たようです。
    こういうコメントをいただくと、とても力になります。
    ありがとうございました。

    このブログを書くのは、
    内容が内容だけに、かなり辛いものがありました。
    チビッ子たちの写真を見て、あるいは、色々な事を思い出して、
    涙が止まらなくなる事もしばしばありました。
    とくに今孤独な身なので・・・。
    あまり更新は出来ませんが、またぜひ遊びに来てください。

    IRO国際救助犬世界大会での活躍、ジュニア君凄いですね。
    大変興味深く読ませていただきました。
    素晴らしい。費用も苦労も、さぞ大変だったでしょう。
    ブログを見るのはとても好きなので、
    これからもちょくちょくお邪魔させていただきますね!

  3. はじめまして

    こんばんは
    訪問ありがとうございます
    あし@の履歴から来ました
    昔は野良犬ばかりでしたね
    家も飼っていました
    パソコンの調子が悪くあし@が表示されません
    応援 完了です

  4. イシュのパパ | URL | -

    Re: はじめまして

    こんにちは はじめまして
    コメントありがとうございます。
    そう、昔は野良犬ばかりでしたね。
    雑種の自然繁殖なせいか、
    皆タフでした。でも、今や絶滅危惧種です。^^;

  5. フィフィママ | URL | -

    野良犬の話、ありがとうございました。お母様とジョンの話し、とても勉強になりました。これかもしれない、と我が家にやってきた野良を思いました。一応、「くるみ」と命名したのですが、名前にもあまり反応しません。おっしゃるとおり、ペットというより、彼女の食欲と寝床を満たすために住みついているという感じですね。食事の前の「お座り」と「待て」だけはするようになりました。それなのに、私のほうが、フィフィのときのような親密な関係を求めていたのかもしれません。くるみはくるみで、フィフィではないのに。大きな声でほえるので、近所のことを考えてしかると、私に向かってほえてきます。体を洗われることも嫌がって、ほえてきます。まだまだ、信頼されてないようです。お母様とジョンのような絆で結ばれるといいな。時々、ふっとフィフィを思い出して目がうるんできます。思い出すと悲しいけれど、優しい気持ちになれます。天国に思いが向けられるからでしょうか。
    パパさんに良きパートナーが与えられますように。

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