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第54話 手探りの会話

2011年06月11日 00:53

今から30年位前、20代前半の頃に、北欧の同世代の女性と交際した事がある。ブルーの瞳、真っ白な肌をした金髪で、まるで人形のような美人だった。言葉を発すると人形がしゃべるみたいで、とても不思議な感じがした。彼女はよく、清楚な笑顔で微笑みながら、いたずらっぽく私の言葉を反復していた。反復していたのは、少しでも私の言葉を理解しようとしていた為だろう。私も、彼女の言葉をほとんど理解できなかった。やがて互いに「なぜ理解できないのだ!」とフラストレーションがたまり、だんだん声が大きくなる事があった。英語を母国語にしている人が来日すると、言葉が通じないために、だんだん声が大きくなるというが、そんな感じだ。



北欧の人から見れば中国人も日本人も一緒に見えるようだ。もし、「日本人なのになぜ中国語が話せないの?」などと聞かれたら、日本人なら誰でも「この人アホ?」と思うだろう。同じように彼女に向かってなぜ英語が話せないの?と聞けば、彼女からアホ?と思われるに違いない。 ・・・ (犬に向かって、なぜ私の言葉が理解できないの?と聞くのは、もっとアホである)



彼女はあまり英語が出来なかった。もちろん日本語も。だから会話が成り立たない。そこで手探りの会話が始まった。互いに一目惚れのような感触があって好意的だったので、この「未知との遭遇ゲーム」を、熱心に取り組むことが出来た。とりあえず「Are you hungry?(お腹すいた?)」と聞いてみる。答えは「No」。そこで自販機の前に案内し「何か飲む?」と聞いてみた。興味深そうに自販機を見たので、コインを入れ、日本語で「お好きな物をどうぞ」と言ってみる。なんとなく理解したようでジュースを選び、サンキューと言いながら飲んでくれた。たったこれだけの事だが、意思が通じ、とてもうれしかった。一種の快感だった。彼女も同じ気持ちだったようで、その後急速に距離が縮まった。



犬との手探りの会話。ワンちゃんたちが何を言いたいのか、飼い主が何を求めているのか、愛し合う飼い主とワンちゃんは、互いに最後の時まで相手を理解しようと、手探りで答えを捜し求め続ける。努力が実り意思が通じれば最高だ。先ほどの例のように、「たったこれだけ」の事でも、とてもうれしい快感が得られ、幸せな気持ちになれる。通じた時の喜びの共有。これぞワンコを飼う醍醐味のひとつだろう。



子犬にとってこの会話は、まさに未知との遭遇なわけだが、互いにどうやって意思の疎通を計るのか。子犬の成長は非常に早いので、ここは大切な勝負どころだ。脳の成長過程で、飼い主との意思疎通が多くとれれば、その後の違いは多大だろう。私は言葉が通じない彼女とイシュとの経験を踏まえ、その事を強く意識しながらチビッ子の初期調教に挑んだ。


まずこの段階で大切な事は、けっして叱らない事だと思う。子犬と同じ扱いをするつもりは無いが、もし自動販売機の前でもたついていた彼女を叱っていたら、どうなっていただろう。彼女は私に対し心を閉ざしたはずだ。彼女が興味深そうにあれこれいじくり回しても、私はただ黙っていた。表情は友好的かつ普通で。向こうはイタズラっぽくチラチラとこちらを見た。まるで何かを試すように。やがて彼女は私の目を見ながら、ひとつずつ指をさした。見本の缶や様々なスイッチを。私はすべて「イエス」と答えた。イエス、イエス、イエス。ノーは一切無し。そしてコインを入れ前述の結果になった。乾杯した。意思が通じあった事を二人で祝福した。


すなわち、自分の望みに近い時、あるいはその方向は、とにかく「イエス」。そしてずばり自分の想いどおりになった時は、「グー!」と喜ぶ。向こうは「ああ、こうして欲しかったのか」「ああこういう意味か」と理解する。互いにやっていたので、そうして徐々に理解が深まる事が私も実感できた。これと同じ手法を私はチビッ子の初期調教に使った。つまりバツは無し。違っている時、都合が悪い時は黙る。こうして欲しいと思っている事に近ければ「そうそう(イエス)」。正解なら「グー!」と褒め称える。例えば「持って来い」の場合、持って来るまでは「そうそう」。無事私の手に渡せば「グー!」。渡せず落としてしまった場合は「・・・」、という感じだ。



声のトーンも大切だ。声のトーンが「そうそう」と「グー」では普通にやってもかなり違うはず。どんな言葉でもいいが、トーンが変わるものにしたい。チビッ子の場合「グー!」ばかりだったので、私はいつも甲高い大声を出さなくてはならなかった。ご近所の人は、さぞ不気味だったろう。「あの人、嫁さんに捨てられ、イカレタ?」などと思われていたかもしれない。そういえば先日、隣の隣のお孫さんが、「こんにちは」と声をかけてきた。やあこんにちはと返すと、「おじさんちのワンちゃんどうしたの?」と聞く。そうか、ご近所さん、「あれ?最近グー!の奇声が聞こえないね」とでも言っていたのかな。



あの子は確かチビッ子と同じ年、5~6歳の女の子だが、チューちゃんを怖がらずに、気にかけてくれていたのだろうか。そういえば門の所で小さな子供がチビッ子と話しているのを見かけた事がある。無駄吠えをしない子だったから、子供と仲が良かったのかな。 私はグッと来た。「ワンちゃん死んじゃった。天国へ行ってしまったんだよ」と私は答えた。 ・・・「そうなんだ」とその子はとても悲しそうな顔をして家の方へ行った。ありがとう、チビッ子を想ってくれて。そしてチビッ子と遊んでくれて。(良かったねチューちゃん)。ところで2~4歳の幼児とチビッ子が、一体どういう方法で会話したのだろうか。私はふとそれを思い、あれこれ想像しながら、ひとり微笑んだ。

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「あれ?チューちゃん大きくなったね。可愛い可愛い子犬時代は、あっという間に終わりだね・・・」

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「そんなこと言わないでよ。ワタチは可愛いチューちゃんです!」とアピール中

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「ほら、こんな大きな獲物も一発でやっつけますよ」と、能力をアピール

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「ほらほらガルルルル!」と間違ったアピールをするチビッ子!

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「取られちゃった」と、しょんぼりするチビッ子

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「ほれ大サービス」 「わーい!」と大喜びのチビッ子


K.573 9つのピアノ変奏曲 ニ長調 クララハスキルさんのモーツァルトは全て本当に素晴らしい。特にK.491 探したがマトモな物が無い。レコードをコピーしてUPしたらまずいのかな。著作権は切れていると思うが。【追記】と書いたら削除されてしまった。残念。偶然? 仕方がないから別の演奏をUP。




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