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第41話 戦火の中へ

2011年04月21日 19:37

昨日印象に残る映画を観た。買い物に出かけた折ポスターを見、ふと気が向いて隣接する映画館へ。見たのは、クォン・サンウ出演の「戦火の中へ」。クォン・サンウは好きな俳優の一人だ。彼を初めて見た「天国の階段」というドラマで、死んだはずの恋人を発見し、抱きしめてポロリと涙を流すシーンの演技には驚いた。吹き替えでは到底表現できない史上最高クラスの演技だった。余談だが、最近だいぶマシになってきているが、この頃の吹き替え版は、聞くに耐えないものが多かった。はっきり言って素人の学芸会レベルで、クォン・サンウの熱演とはかけ離れていた。だから私は、いつもネットで日本語字幕本国版を見た。


著作権の関係で音楽も全然違う。例えば、題名どおり音楽に重要な意味を持たせた不朽の名作「冬のソナタ」では、それぞれの場面に厳選された音楽が流され、深い感動を誘う。日本版とは全く違う。なぜこういう事態が起きるのか調べてみたが、根が深いようだ。簡単に言うと、韓国は音楽の自由を求める米国グループに。日本は課金の徹底強化を目指す欧州グループに。だから関連する法律、政策等々、すべてが違うのだ。一企業がどうこう出来る問題ではない。



YouTube等の登場により、強欲な徹底課金グループが追い込まれている今の事態は、不労所得でボロ儲けが出来なくなった関係者たちには気の毒だが、音楽の進歩や活性化に、むしろ貢献すると私は確信している。今のような著作権の厳格化が18世紀に起きていたら、モーツアルトもベートーベンも生まれなかっただろう。この著作権戦争が、自由グループの圧倒的勝利に終わることを願うばかりだ。


最近はシンデレラマンというドラマで、クォン・サンウの見事な一人二役を楽しんでいる。なかなか面白いドラマだ。残り4話、どうなることやら。主演女優は、ユナさんというとても可愛い女優で、たいへん良い演技をする。主役に抜擢されるだけの事はある。どんな子なんだろと調べてみたらビックリ。「少女時代」という見事なダンスと歌を披露するアイドルグループのメンバーなのだ。たいしたものだ。そういえば「戦火の中へ」の主演のチェ・スンヒョン君も、同じようにアイドルグループのメンバーとか。そうは思えないほどの素晴らしい演技だった。彼らの厚みを感じる。





さてこの映画だが、そのテーマには、いろいろ考えさせられた。主人公はこう語る。「人はなぜ戦争なんかするの?」と。それがこの映画のテーマだろう。この映画が、実話を基に作られた映画というのが恐ろしい。あらすじは、70数名の子供たちが戦争に巻き込まれ、突如学徒兵にされ、そのほとんどが戦死する。しかしそのおかげで、多数の人命が救われた、という話だ。敵側は子供たちに降伏を勧告する。「無駄に死ぬことはない。君達は若い。新生統一国家で活躍してくれ」と。しかし子供たちはこれを拒否し、全滅の道を選ぶ。なぜ?


試しにこの状況を、日本に置き換えてみよう。日本も戦後、同盟国だったドイツと同じく東西に分割されたとしよう。本土が沖縄のような地上戦になり、ソ連が参戦すれば、当然そうなったはずだ(※1)。そして東にソ連の傀儡政権が出来、ソ連の最新兵器で武装した東軍が数年後、平和な日々を過ごしていた西側を突如襲う。「統一日本を作る」という大義名分のもとに。当時米軍は欧州等で精一杯だ。瞬く間に西日本を守る西軍は崩壊し、大半の戦略地域を失う。救援の米軍が来るまで最後の砦を死守しなくてはならない、と、こういう状況だ。考えてみれば、この映画の惨事は、アレがなければ、おそらく日本で起きていた事態といえまいか。 

(※1)実際当時日本は、本土での地上戦を念入りに準備し、国民に徹底抗戦を呼びかけている。降伏する気はさらさらなかった。何か妄想的な自信があったのだろう。ところが、アメリカのある最新兵器が立て続けに使われた数日後に、日本は無条件降伏する。天皇の終戦勅語が、この兵器について触れている。地獄の地上戦が行われなかった重要な鍵と言えよう。





子供たちは、平和な村々を突如襲い、逆らう者を容赦なく殺し、人々を支配しようとする連中を、どうしても許せなかった。降伏を拒み、徹底抗戦する道を選ぶ。純粋な少年達による、尊い決断だった。史実によれば、彼らの果たした功績は非常に大きく、おかげで多くの人命が救われたという。この映画の、アクション漫画チックな脚色は少々鼻を突いたが、リーダーが悲壮な決断をし、それを皆が賛同する場面などは、たいへん感動的だった。館内は数人の女性客が居るだけだったが、すすり泣く声が館内に響いた。エンディング終了まで席を立つ人はいなかった。立たなくて正解。エンディングの後半に、二人の生存者が登場する。彼らの証言は、とても重かった。


それにしてもよく出来た映画だ。冒頭から激しい戦闘シーン。血生臭い戦場に駆り出されていた主人公の少年は、優しい上官が殺されそうな時、手が震えて銃を撃てなかった。場面変わって構内で膨大な数の負傷兵の手当てをして血だらけの看護婦から、まだ子供なのに、と優しく手当てされる。それで人間的感覚を取り戻す。校庭に、何も知らない、銃を持った事もない普通の少年達が、学徒兵として集められて来る。戦闘経験のある主人公ら3人がリーダーとされ、急遽訓練をする。しかし少年達は遊び半分、学校の林間学習気分だ。そこでリーダーは、戦死した兵士を埋める作業を命ずる。彼らは死体の山を見て、初めて事態を理解する。やがて初めての戦闘。初めて人を殺し、その夜は皆、眠れない。銃を抱え、がたがた震えながら横になっている。主人公は優しい母を思い出す。そういえば敵の少年兵も、息を引き取る寸前に「お母さん」とつぶやいていた・・・


南北分断以前の韓国(朝鮮)、李氏朝鮮王朝は、500年以上続いた文化国家だが、国の規模はごく小さく、また陸海軍の西洋化が遅れたために、当時世界的に起きていた非人道的な弱肉強食の帝国主義の嵐に呑み込まれてしまった。国の規模がずっと大きく、さらに明治維新という内戦のおかげで、いち早く軍の西洋化に成功していた隣の、彼らから見て異民族に、国を滅ぼされ、支配されてしまったわけだが、幸いその事について、この映画は全く触れられていない。8月15日の開放日が一瞬登場するだけだ。だからそういう事に日本的こだわりを持つ人が見ても損はない。





この映画を観て思うのは、戦争の悲劇だ。人をたくさん殺すほど賞賛される世界が、平和な社会とどれほどかけ離れているか、まざまざと見せ付けられる。


昨年の尖閣諸島漁船衝突問題発生時に、勇ましい政治家やテレビキャスターなどが、大声で、「断固とした徹底した処置をしろ」と政府に求めた。これは、はっきりいえば「中国と戦争しろ」と言っているに等しい。当時夕方の報道番組で、産経新聞グループのフジテレビのベテラン解説委員が、「中国人に対しては、人間性善説はあてはまりません」と強く示唆していた。つまり中国人は性悪だ、日本を襲う怪物だと主張しているわけだ。これは典型的な異民族蔑視扇動で、明確な人種差別だ。私は、まるで戦前にタイムスリップしたような気分になった。


そして、そうやって大いに盛り上がっていた国民の声に目を向けず、戦争を、あるいは戦争になりかねない方向を、避ける手段を選択した菅総理に対し、激しいバッシングが沸き起こる。船長が釈放された時、ちょうど私は、近所の別荘に招待され、一杯やっている時だったが、テレビでそのニュースが流れ、フジテレビの女性キャスターが、「弱腰だ!」と激しく菅総理をののしり、それを見ていたその別荘のおじさんも彼女に同調し、「弱腰外交だ!」「そうだそうだ!なぜ中国と堂々と戦わない!」「菅はケシカラン!」と本気で激怒していた。 ・・・ この人やそのテレビを見ていて、私は怖かった。そこには、相手に敬意を払い、相手の意見も聞くという人として最低限のマナーが、微塵も感じられなかった。




私は、中ロ韓の言い分も詳細に調べてみた。米国等第三国の識者の意見も調べた。その結果は・・・ 【中国】・島は、東京など日本の大都市からははるかに遠いが、中国の大都市からは目の前。実際この漁場を活用しているのは中国だし、地図を見れば国際法の理念からも少なくとも台湾の一部である事は明らかという意見 【ロシア】・既に何世代にもわたりロシア人が居住しているし、日本の態度は、第二次世界大戦の反省から、同意なく第二次世界大戦後の(事実上の)国境線の変更を求める事を禁ずるという国際ルールに反するという意見 【韓国】・確かに日本が韓国を支配した一時期、島も日本が支配したが、徳川幕府の証拠等からも、昔から韓国のものである事は明白。それともまた欲しいのか?という意見 私はこれらに必ずしも同調しないが、それぞれに世界の多くが同調しそうな強い説得力があると感じる。少なくとも日本が独善に浸り、彼らを泥棒呼ばわりするのは間違っている。そういう態度は、典型的な戦争の種だ。


米国のある識者は、「隣接する全ての国と領土問題をひき起こしている国は、おそらく世界でただひとつ、日本だけだ。中ロ間の国境問題で長年争ってきた中ロ両国が、領土問題を見事に最終解決した。日本も見習うべきだ」と言う。日本はこれら近隣諸国との貿易で、膨大な利益を上げているが、それを犠牲にしてまで何の利益も出していない無人島等に拘る愚かさに、いつになったら気が付くのか。もう少し大人になれないのか。一次産品が主要な産業だった大昔の国境思想から、早く成長せよ、まして戦争だ?馬鹿も休み休みに言え、と私は言いたい。よし今度あのおっさんに言ってみよう。でもそんな事を言ったら殴られるかな?「非国民!」というレッテルを貼られ、村八分にされそうだ・・・。


アメリカ南北戦争、第一次世界大戦、等々・・・全てを破壊し、何百万人もの人々が非業の死を遂げた地獄の戦争も、最初は皆、スポーツ観戦程度の感覚の盛り上がりで始まったという。「私とは関係ない知らない誰かが数人死ぬかもしれないが、わがチームが勝って、すぐに終わるだろう。その戦果で、私も少し美味しい思いが出来るはず、わがチーム万歳!」という感じだ。後日、愛する家族を敵軍に殺され、死体とウジ虫と糞尿まみれの塹壕に立ってからその軽薄さを悔やんでも、最早取り返しがつかなかった。戦争を始めるのは簡単だが、終わらせるのは難しいのだ。海保と中国漁船を守る向こうの警備艇が衝突し、撃ち合えば、あっという間にエスカレートするだろう。その後どこまで行けば終われるのか、想像もつかない。今のままの状態では、警備艇と衝突する可能性はゼロではない・・・


この映画を観て、しくしく泣いていた心優しい皆さんが、毅然と~戦争だ~などと勇ましい事を言う連中を、止めてくれる事を願うばかりだ。 エンディングが終わったあと、平和を願い、私はそうつぶやいた。
 
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可愛い寝顔。平和の大切さを痛感する。


この写真に モーツアルトのEine kleine Nachtmusik第2楽章を




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