FC2ブログ

第230話 涙に暮れる日々

2017年01月15日 12:50

最近よく母を思い出す。米国在住のメル友のお姉さんから、「娘は可愛い妹のようなもの。息子は赤ちゃんの時から恋人」というお話を聞いて以来、母の愛を強く感じるようになった。私たち男4人兄弟が、どれほど母から愛されていたか、数え上げたらきりがないエピソードが思い出されてくる。その都度涙に暮れてしまう。 第222話 母永眠 で書いた、残された母手作りの食材。冷凍されているので日持ちはするだろうが、そうほってはおけない。少しづつ食べていて、もうだいぶ残り少なくなってきた。無くなったらもう追加されることはない。それが悲しい。昨夜は謎の食材があった。ヨモギで作ったゼリー?「母ちゃんこれ何?」「あ、うまい」「料理にどう使うの?」などと独り言を言いながら食べた。そして突然号泣してしまった。

最後の最後に私は母を泣かせてしまった。第221話 であるように私はあろうことか見舞いをやめ、山に帰ってしまったのだ。その時の母の悲しみは如何程だったろう。母は泣き、驚いた看護婦さんが「どうされたのですか?」と聞くと、「この子が山に帰るというの」と言った。母や看護婦さんは、もう「近い」ことを知っていただろう。兄や弟は忙しい仕事を抱え、私は見舞いの中心になっていた。その私が山へ帰るというのだ。なんという親不孝をしてしまったのだ。あの時の母の悲しそうな涙を思い出すと、胸が潰れそうになる。

母がもうすぐに死ぬだなんて、私はそんなこと思いもよらなかった。冗談を言って皆を笑わせたりと普通に元気そうに見えたからだ。また何よりそんなこと考えたくもなかったのだろう。脳はあまりに悲しい現実は見ようとせず都合よく考える。完全に判断を誤った。ゴージャスな病院で若くて可愛い看護婦さんがたくさん居て、おしゃべりが楽しかった。昔と違いスマホがあるから犬の動画や写真を見せたり、ピアノの演奏を聴いてもらったりと、毎日の見舞いを楽しんでいた。山に薬を忘れてきたのが痛恨の極みだった。それが無ければわざわざ高い費用をかけて往復8時間も車を運転して山に戻ることはなかっただろう。何というドジだ。

思えばドジな私が一番世話をやかせた息子だろう。母の頭を抱えた私の腕の中で母は息をひき取った。「母ちゃん俺だよ○○だよ」「母ちゃんありがとう」と言った。主治医の話によれば、最後まで耳は聞こえるのだという。聞こえているようだった。かすかに涙と笑顔を浮かべ、そして旅たった。旅たつときの荘厳さ、人の命の尊さを、私は両手で感じた。あの感触がいまだに残っている。広い一軒家に一人住まいの私。一人しかいないので照明は最小限、夜は当然暗い。「母ちゃんこれ何?」と独り言をつぶやきながら謎の食材をつまみ、深々と雪が降り積もる庭を見ながら、美味しいバーボンを飲んだ。酒はこういうとき役に立つ。そして、モーツアルトのピアノソナタ第11番の第一楽章を静かに弾いた。傍で母が聴いているような気がした。
1473557803386a.jpg 

翌朝庭の大雪にチュー太郎もびっくり
DSC_0932.jpg DSC_0945.jpg DSC_0944.jpg DSC_0939.jpg DSC_0934.jpg 豪快な食べっぷりがいいね!



スポンサーサイト


コメント

    コメントの投稿

    (コメント編集・削除に必要)
    (管理者にだけ表示を許可する)

    トラックバック

    この記事のトラックバックURL
    http://doberman05.blog100.fc2.com/tb.php/245-776d5155
    この記事へのトラックバック