第220話 また一人ぼっちに

2016年07月21日 12:27

母に介護のまねごとをして一週間余り。結局母は帰った。きっかけはこう。ベットに腰かけようとして、尻もちをついたのだ。少し動くにも助けを必要としていたので、大袈裟に言えば24時間体制だったのだが、その時は夕食を済ませ、洗い物をしている時だった。私が作った焼きそばを「美味しい美味しい」と言ってくれ、母との楽しい夕食のひと時を過ごした直後に事件は起こった。突然激しい悲鳴。慌てて駆け付けると、ベットの横で倒れていた。「痛い痛い」と独り言のようにつぶやいていた。幸い医師から強力な鎮痛剤を処方されているようで、それを飲んだら眠りについた。骨にも転移しているので脆くなっているはず。骨がやられていたら深刻だ。この一週間まともに寝ていなかったが、この日は一睡もできなかった。翌朝、母は何事も無かったかのように起きた。腰周辺の痛みはまだ残っていたが。本当に良かった。

もちろんその夜普段母の面倒をみている兄にメールで連絡した。兄は忙しい中何時間もかけて翌日即来た。母の様子を見るためだ。来る途中、母の好む食材をたくさん買ってきたから、連れて帰るつもりはなかっただろう。しかし、母の様子を見て、連れて帰る事に決めた。一週間前より、かなり弱って見えたのだろう。病状は日々進行しているのは確かだが、少し離れただけでも、50年以上蓄積されている元気な頃のユーモアたっぷりのハツラツとした姿のデータが脳内に画像化され、それとかけ離れた今の姿に、論理的でない感情があふれるのは、自分自身が経験している。しかし、この尻もち事件で分かったこともある。慣れない環境が引き起こすリスクだ。住み慣れた自分の家の寝室なら、目をつぶってても座れただろう。例え私が24時間べったり張り付いても、新しい家には山のようにリスクがあるのだ。また、涼しくて空気が良くても、親しい人が近くに誰もおらず、そういう空気が無い。一週間ぐらいが限界だったか。一番大切なのは、環境を変えない事だったのかも知れない。

別れ際、母はまるで今生の別れのような態度だった。母一流のジョークなのか本能からくる本気なのか。だって一時間前には月末に皆を連れてまた来ると言っていたし。いつまでも長生きしてほしいが、医師から宣告された余命はとっくに過ぎている。人には寿命がある。だからそれがとても悲しかった。さらに、「母さん行くとお前また一人ぼっちになるな。可哀想に」という笑えないジョークも飛ばしていた。思わず私が泣きそうになると、してやったりと優しく微笑み、目にうっすら涙を浮かべた。兄と母が帰ったあと、一人取り残された私は、何かぽっかり穴が開いたような気分になった。兄が持ってきてくれた食材を片付け、なぜかその晩から何日も深酒が続いた。昨日一昨日と完全禁酒して、やっと立ち直った感じだ。今夜は近所のペンションの美味しいフランス料理コースにお呼ばれ。一人じゃ外食などつまらないが、オーナーも奥さんも、もう古い付き合いの友人。今夜は、酒も解禁し、楽しく過ごし、生きる喜びをかみしめ、るのだ。

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デッキを散歩する母。バリアフリーの為かなり高くなっていて落ちたら危険

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チュー太郎は危険を察知。付いて回り、落ちないようガードしていた。

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その賢さに母もにっこり

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さすが名犬チュー太郎








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