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第204話 ドーベルマンだがセラピー犬に

2015年11月23日 13:51

数日前、母が癌になっていることが分かった。80歳を過ぎているから年頃といえば年頃だが、普通に愛され育った息子にとって母親は特別な存在、やはり私も、精神的に大きなショックを受けた。私は男ばかり4人兄弟の3男坊。おそらく長男と末っ子に愛情が行きがちだったろうが、犬などペットの多頭飼いから想像するに、そう大した違いは無かっただろう。むしろ過度に干渉されること無く、自由に伸び伸びと愛情を受けて育つという、今や絶滅危惧種といえる長子と末っ子の間の子という利点を大いに受けたという印象で、私には母に対してマイナスな思い出は皆無、やさしい愛情を受けた思い出しかない。


元気な男の子4人の私たちが小さい頃、家はどんな感じだったのだろう。子供がいない私には想像がつかないが、さぞ大変だったろう。父親は朝出勤し夜帰宅、昔は当たり前だったが休日の数はわずか。だから母は一人で本当に大変だったろうが、「子犬が4匹キャンキャンはしゃいでいるみたいで本当に可愛かった」と後年笑って話していた。息子が成長し稼ぐようになるまでは4人の学費やらなんやらで裕福とは程遠い生活だったろうが、4人もの息子がたくましく真っすぐ成長するのを見ていて、母はそれなりに幸せだったろうと思う。


人間いくつになろうが命を失いこの世とお別れとなるのは精神的に大変なことだろう。こういうとき、心の安らぎが何より大切だと、2匹の最愛のパートナー(初代ドーベルと先代のドーベル)を抱いて看取った私は思う。だから癌の知らせと本人の希望で手術をしないと兄から聞いたとき、私はあえて10日ほど見舞いはおろか電話することすら控えた。母の心の安寧と私の心の落ち着きを待ったのだ。何よりまずいのは、泣いたりわめいたりして心理的負担を本人にかけることだろう。心を落ち着かせ10日目に会いに行った私を母は穏やかな微笑で迎えてくれた。


このとき私は愛犬チュー太郎を連れて行った。まだ4才で元気な男の子(玉無し)の3代目のドーベルマン。母は犬好きなので、愛嬌たっぷりになるようよく調教されているチュー太郎が役に立つと思った。実は最近の話だが、山で出会った初対面の障害者の方が、さわっていいですか?と聞いてきたので、思いっきりセラピー犬の役をやらせたことがある。その時あの人は、チュー太郎をたっぷりなでながら「うわ凄い!本当に気持ちいい!」と感激していた。そのことを思い出したのだ。母もやはり同じような反応を示し、満面の笑みでとても喜んでくれた。連れて来て本当に良かった。ただ、調子に乗って奴が母に熱烈キスをしてしまった。それを見た兄が「バイ菌がうつる!」と大慌て。母はアハハと喜んでいたが、内科的にはまずかったかもしれない。


人間はいつか死ぬ。当たり前だ。そして子供が親より先に死ぬのは大の親不孝なので、子供が親の死に直面するのは子供の義務だ。そう理屈ではわかっているが、フロイトが言うような「あらゆる生あるものの目指すところは死である」などとは単純に割り切れない。現実逃避をしたくなる。「死と太陽は直視することは不可能である(ロシュフーコー)」というところか。でも案外自分の感情に任せて泣いたりわめいたりするより、その方が逆に良い面があるかも。今回のお見舞いはチュー太郎のおかげで大成功だった。奴のお手柄だ。母の貴重な時間を少し奪ったかもしれないが、喜んでいたからきっとそれ以上に精神的貢献ができただろう。偉いぞチュー太郎

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もはや名セラピー犬?

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ドーベルマンが危険な獣だって?バカバカしい


 
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