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第200話 演奏会を開いてみた

2015年09月27日 11:01

先日、どういう経緯だったか忘れたが、私のピアノ演奏会を、親しくしてもらっているご近所さんたちの前でやることになった。ハートが弱い私は、人前で演奏するなど大の苦手だが、この山に来るようになって20数年、毎年何かとお世話になっていることへの感謝とお礼の気持ちでリクエストに応えた。ご近所さんといっても山なので大声を出しても届かないような距離の方々だが、一部の人は、散歩で通りかかった際よく私の演奏を聴いていたらしい。持ってきてくださったお菓子とコーヒーで和気あいあいと始めたミニコンサート。まあ厳密な演奏会などではなく、誰でも知っているようなポピュラーなショパンのノクターンなどを、ゲストもチュー太郎とじゃれあいながらBGM的に聞くという感じで気楽に行った。この日は練習の成果か、ショパンなどもスラスラ調子よく弾けた。


そして最後に、その場で思いつくまま作曲し即興で演奏してみた。これは私がピアノの前で普段やっていることだが、人前でやるのは初めてだった。これが予想外にうけ、皆さん息をのむように聞き入ってくれて、終わった瞬間「わー」と拍手を受けた。うれしかった。演奏家の皆さんって、練習も大変だろうが、いつもこんなハイな気分を味わっているのかなと、羨ましくなった。ショパンなどの名曲と比べれば大した曲でもないのに何故あれほどうけたのだろう。2つ理由が考えられる。まず演奏レベルがまるで違うこと。BGM的にスラスラ弾いた他人の曲と、一発勝負の作曲即興とでは、一音一音への魂が違う。何より、無から音を作り出すので、無音をとても大切にする。倍音やそのピアノが醸し出す微弱な全ての響きも聞き逃さない。そして音は、鍵盤をスイッチではなく弦楽器を奏でるような繊細なタッチの音となる。一音一音に全身全霊が込められるのだ。


考えられる理由第2は、見た目の違い。演奏者の熱意が見る者に感動を与え、音も美しく聴こえるようになる。作為の芝居では無理だろう。本物の魂が、聴者の心を揺さぶり、感情移入させ、感動させる。ちなみに私はコンサートに行くと目をつむることが多い。臭い芝居を一瞬でも見ると、音楽全体が台無しになってしまうからだ。お高いコンサートでその傾向が高い気がする。そこそこのレベルの方が、必死さが伝わり見た目が楽しいことが多い。話は戻って、ゲストの中に一人いた初対面の誰かの娘さんにウィンクしながら適当にスラスラ弾いていたショパンの時と、全身全霊のあの即興とでは、見た目がかなり違ったはず。音楽に心を込めた演奏者の姿が、感動を呼んだのだろう。もちろん魂のこもった一音一音にも、特別な響きがあったはずだ。


曲は変ホ長調から始まってハ短調に移調し再び変ホ長調に戻って幸せな気分に、という感じで、フーガをからませ大音量を出す場面もあったが、全体的にはキレイに静かにまとめた。なかなかいい曲に仕上がったと思うが、悲しいかな即興、この曲に出会うことは、作曲者の私自身二度とあるまい。必死に思い出せば、似たようなものを作れるかもしれないが、あの演奏の再現はもう無理だろう。あの演奏会は、私自身感動的で、得難い貴重な体験になった。機会を与えてくださった皆様に感謝したい。楽譜に起こせって?そんな面倒くさいことできません。(笑)


DSC_0070a.jpg
ピアノって消耗品なんだね。ここ最近ご近所に不要になったピアノが何台か出たが、このピアノのように50年落ちだと査定はゼロ、処分料に大金を請求されるという。かろうじて50年以内だったある方は、処分料ゼロで逆に5万円もらえたと喜んでいた(といっても元は数百万円の高級品だが)。50年が分岐点?グランドピアノはかさばるし、修理に途方もない大金がかかる。つまり、故障した時点でとんでもない厄介者になる。故障しないことを祈るのみだ。ちなみに写真のふた、音がゲストに少しでもよく聞こえるように2つ目の穴に差し込んであるが、90度ではないので地震が来たら倒れる可能性がある。危険。故障のもと。絶対マネしないでね。


 
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