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第196話 法律なんて関係ない?

2015年07月29日 13:52

【閲覧注意:政治的内容です。安部総理の支持者は見ないでね】

耳を疑うような発言だった。記者団から質問されても、彼は最初この発言のどこが悪い?と開き直っていた。「国防の為なら法的安定性なんて関係ない」という趣旨の発言をした首相補佐官(今回の安保法制を中心的に作成したといわれる人物)。 いったい、いつから日本は法律より軍事優先の、軍国主義国家になったのだ。言っておくがベトナム戦争やイラク戦争などをやらかしたアメリカでさえ、きちんと議会を通し、法律のもと行動している。アメリカは法治国家だからだ。本当に日本は文明国なのか。政権が法の支配を否定するなど、文明国では聞いた事が無い。批判が高まると、さすがに発言を謝罪したが、ごめんなさいで済む話ではない。安部首相は昨日野党の更迭要求を拒否し、事実上彼を「おとがめなし」にした。これも信じがたい話だ。つまりあれは安部首相の本音なのだろう。欧米先進国の大統領補佐官が公の場であのような発言をすればどうなるか。もちろんクビだ。おそらくそれだけでは済まない。補佐官の公けの発言は大統領の発言とみなされるので、法の支配を否定する大統領と国中から批判を浴びるだろう。到底無事では済まないはず。それが民主主義というものだ。


民主主義といえば、安部チルドレンといわれる議員たちが自民党本部の研修会で主張した、安部総理を批判するマスコミを懲らしめる、ぶっつぶすという一連の発言も耳を疑いたくなるような暴言だ。あれも驚いたことに結局実質「おとがめなし」だった。政権を批判したマスコミや言論人を懲らしめるという発想。じゃあ、このような安部政権を批判した文章を書いた国民も、懲らしめる、ぶっつぶす対象ということか。国民の生命財産を根底から脅かしているのは、安部首相らが言う中国等の外国ではなく、実は安部政権ではないのか。そんな疑念すら浮かんでくる。前途ある若者兵士の命を、葉書一枚「一銭五厘」と嘯いた戦前の日本。実際当時の政権の人間達は、処罰を恐れて降伏を拒み続け、数百万人もの兵士を無駄死にさせた挙句、最後には組織的に自爆攻撃までさせた。そういえば、今の与党議員らは権力者から地盤を引き継いだ2世3世の議員ばかりだ。安部首相の祖父も、満州国すなわち旧中国清国の皇帝の上に君臨していたあの岸信介。高級官僚として事実上戦前の日本を支配していた連中の一員だ。国民を軽んじるのは彼らの伝統というべきか。戦前ドイツの独裁者が「大衆など言葉ひとつでいくらでも騙せる」と嘯いていたが、「消費税増税延期の民意を問うため」と称して700億円もの国費を使って行った昨年末の解散総選挙。大衆は増税は嫌だから当然のように大勝利。選挙に勝ったとたん民意を得たとして超法規的な戦争法案とは。麻生副総理が口を滑らした「ナチスの手口を真似すればいい」とはこの事か。


憲法裁判所が無い日本ではその代わりの役目を負う内閣法制局。国民の視聴料で運営されるNHKと並び政権の暴走を防ぐ監視役といえるが、そこへ手下を送り込みトップに添えた安部政権。良心の制約から歴代政権が決してやらなかった禁じ手だ。とたんにNHKの放送がおかしくなったのは周知の事実。安部政権に不利な表現は公平な放送のためという名目で厳に慎まれ、やたら安部の笑顔が放送されるようになった。まるで北朝鮮の放送のようだと私は安部を飾り立てる姿を見せられながら思った。昨日の国会では法制局長官が首相の擁護や与党議員のアドバイスを受けながら、野党の質問を妙にニヤつきながら、はぐらかす様子が強く印象に残った。法制局長官は本来政権の監視役なのにだ。これ、まるで今のNHKと同じ状態といえまいか。禁じ手の人事の効果覿面というところか。なんともいえないおぞましさを感じる。ところで昨日の国会の首相答弁で驚いたのだが、日本を攻撃する意思が無いという国に対し、集団的自衛権を行使して攻撃することはあるのかという質問に、「意思があるか、推測しなければいけない。形式上日本を攻撃する意図がないと公言しながら隠していることもあるので」と首相は答えた。つまり政権が、「あの国は日本を攻撃する意思がある」と「推測」すれば、その国から攻撃を受けていなくても戦争できるというのだ。そんなに外国と戦争したいわけ?さすが大日本帝国を作った長州人。


安部総理は昨日何故か突然国会で中国を名指しで脅威と公言した。「領土」が絡むとオールジャパンになると読んで「中国の脅威」を煽っているのだろう。ちなみに、膨大な費用と人力、若者の命がかかる米軍の負担を一部肩代わりしてくれるという安部首相を大歓迎してくれたアメリカだが、最近話題の日中領海中間線については、日本を支持することを拒否して中立を公言している。それは国際法上当然だろう。もし日本を支持すれば、アメリカも小さな周辺諸国から領海を奪われることになりかねない。領海が交わる場合、人間の権利は同じなので、一万人と百人とでは基本的に百倍違う。隣接する海岸線の距離も当然問題になる。中国沿岸地区は数億人の人口と広大な海岸線を持つ。それを沖縄より南の小さな島々と同列に扱えという日本の主張は、中国から見ればあまりに変。その日本の主張する中間線よりさらに中国側で何年も前から開発しているガス田を、センセーショナルに写真を公開し「日本の資源を侵略する中国の脅威」と煽る日本政府のやり口に、日中友好に奔走していた程永華中国大使(日本育ちといえるほどの親日家)が困惑するのは当然だろう。私は、またまた麻生副総理が口を滑らせた台詞を思い出す。


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動物愛護法35条の2項について書こうと思ったら国会中継を見ていたせいで話がそれてしまった。国(政権)も国民も法律を守ろうね。 

 
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第195話 道に迷う

2015年07月14日 16:38

「人は努めている間は迷うものだ(ゲーテ)」
べつに努めているわけではないが、最近私はよく道に迷う。彼によれば、私のようなチャランポランでいいかげんな怠け者は、道に迷うはずなど無いのだが。哲学者ソクラテスが言う「無知の知」でも自覚してしまったのだろうか。

■(世界大百科事典内の、無知の知の言及)
「(神秘主義より)…いっさいの形容と規定を否定することこそ神への道である。神を知る知は,〈無知の知〉でなければならない。このいわゆる〈否定道via negativa〉または〈否定神学apophatikē theologia〉は以後ながく神秘神学の方法を規定した。」
「(ソクラテスより)…こうした自覚への機縁となったのは,〈ソクラテス以上の知者はいない〉というデルフォイの神託であった。彼はその意味を解明するために,世に知者と呼ばれている人たちを吟味して歩いた結果,彼らの方は〈何も知らないのに知っていると思い込んでいる〉のに対して,彼のみがみずからの無知を自覚している,すなわち〈無知の知〉という一点において相違していることに気づいた。そしてさらに,神託の真意はソクラテスに名を借りてすべての人間の無知を悟らせることにあると考えるに至った。」


つまり、「神様じゃあるまいし、ちょいと知ってるぐらいで知ったかぶりは止めなはれ」ということか。さすがソクラテス。でもそれを権力者らに聞かれたために怒りを買い、神を冒涜した嫌疑で裁判にかけられ死刑にされてしまう。これは、自分が正しいと思ったことでも、うかつな事は出来ないという教訓なのか。今、大きな岐路に立たされているとして、こうすべきか、ああすべきか、当然今現在のことだけでなく、将来を考えなくてはならないだろう。今現在を優先するなら答えは比較的簡単に出せる、長いものに巻かれろ的にいけば、何も考えなくてもいいから楽だし目先軽薄に利益になる等々。しかし長期的視野に立って考え行動した場合も、将来の利益というギャンブルのために今ある現実の利益を棒に振るという面もある。「その日その日が一年中の最善の日である。(エマーソン)」というではないか。


前置きが長くなったが、今回どっちにしようか迷っているのはこれ。ソファからチュー太郎を追い出し私が座るべきか、座布団をひき私が床に座るべきか、だ。あらゆる面から詳細に検討し一時間迷った末出した結論は、「可愛い寝顔がよく見えるから私が床に座る」だ。ごろごろ寝返りうてるから案外その方が楽だし。ただ床からソファを見上げると、チュー太郎に上から目線で偉そうに見下されるのがちと気がかりだ。なんだか態度がでかくなったような気がする。まあ、やっこさんは調教のされ過ぎで少々小さくなっていたからこれで調度良いか。でも長期的に考えたら心配な面も。年を食ってヨレヨレになったらチュー太郎の場合、上れないかも知れない。それは惨め過ぎる。実は先代が別の理由でそうで本当に可哀想だった。ドーベルの加齢は早いからそんな時期はあっという間にくる。どうする? でも、ここはやはりエマーソンに従おう。もしそんな時が来れば、俺が上げてやれば済むことさ・・・

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問題のソファ

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すっかりお気に入りの様子

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道に迷った私

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怖いので先遣隊に行かせる

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危険!引き返すべき!とチュー太郎