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第145話 引っ張り助長首輪?歓迎

2013年07月29日 19:54

お蔵入りにした「引っ張り防止首輪」だが、考えるところあって再び使っている。というのも、ある方からコメント欄に、もし私に何かあったとき、他の人でもコントロールできますか?と聞かれたからだ。これは私のような一人暮らしの中高年で大型犬を飼っている者には、とても切実な問題だ。私は少し思い違いをしていたようだ。例え私の前でどんなにお利口さんであっても、それはあの子の安全にはあまり寄与しない。問題なのは他人の操作でもお利口でいられるかどうかだ。


独り者で他人との接触を嫌う引きこもりがちな人間に飼われた犬は、飼い主との絆がとても深まるという。だがもしその飼い主に万が一のことがあったらどうなるか。テレビである女性が、「私が死んだらきっと飼い猫の餌になるんだわ」と笑っていたが、タフな猫と違いワンコはそううまくはいくまい。猫のように野良になって生き延びることもないだろうし、おそらく、最も悲惨な末路になるだろう。だが家でポックリとばかりは限らないし、異変に気付いた隣人の通報によって幸運にも救出されるケースも十分考えられる。そんなこんなを考え、「飼い主の腕と犬の頭を悪くする」などと先月酷評した首輪だが、あえて使い続ける事にした。その結果は


やはり書いたとおりの結果になった。動物に高度な技を覚えさせる競技「馬術」では、グランプリで賞を取るような名馬でも、例えばオーナーになった初心者などが乗ってデタラメな操作をすれば、馬は混乱し指示が利かなくなる。緻密な調教で築き上げてきたものが瞬時にダメになるのだ。チュー太郎に難しい芸など教えていないが、それでも長年動物の調教に携わってきた私が、全力を挙げて仕込んできた。詳しくは省略するが、その成果はこの首輪でかなり台無しになったようだ。簡単にいうと、前のダイレクトな道具で作り上げた緻密な指示が利かなくなり、ばかになってしまっている。指示をしっかり聞き自分の横にぴったり寄り添って歩いてくれるようなお利口なワンコをお持ちの方は、この首輪の使用は考えたほうがいいと思う。


しかしまあ、ワンコがビュンビュン前に行ってしまうのも、考えてみれば悪くはない。なぜか。今使っている伸縮リードはおよそ10m。ビューンとチュー太郎が前に行く、そうすれば私が向きを変える。するとまたチュー太郎が前に行く。これで一瞬にして往復40mの運動ができる。しかも道路で削れて爪が丸くなる。これは一石二鳥だ。飼い主と違い犬は、適度な運動と自宅付近のテリトリー偵察が望みなので、特に遠くへ行く必要はない。歩数計は持っていないが時間は分かるので自分の運動量は分かる。そして、ここがこの首輪の最良のところだが、どんなにチュー太郎がお馬鹿になっても、必要な時は強力に体を拘束できるので、暴走される心配がない。だったら、これでいいのではないか。自由な空気を味わえチュー太郎は楽しそうだし、これからどんどん歳をくう、つまり今よりどんどんおとなしくなるので、犬を制御する技を持っていない人でも、これでチュー太郎を制御できるだろう。メデタシメデタシ


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それでも往復運動に疲れすぐに横に付くチュー太郎

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他人との接触に慣らしているところ

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甘えん坊。すぐに寄り添ってくる。今の季節暑苦しい。もうすぐ涼しい山へ行く予定


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第144話 指導員の心得

2013年07月08日 17:19

このブログは、死んだ愛犬たちをしのぶ記事から、最近は、我が家に思わぬ形でやって来た捨て犬、チュー太郎の日常をつづる日記になってきた。その中で、参考になればと調教の仕方なども書いてきたわけだが、誰かがそれを読んで少しでも参考になれば誠に幸いだ。 ただ、ふと私は思う。学者でもない素人のぶんざいで、そんな記事を書くことは傲慢なのではないだろうかと。 記事を読み返してみる。参考どころか読者をミスリードしたりしていないだろうか?謙虚さを失い、独善に浸り、プライドと思い込みから真実に目を背けてはいないだろうか?と心配になる。 人様にものを教えるというのは、かほど難しく、安易にやれる事ではないと思う。やるのなら、自分への監視を相当厳しくしなければならない。そうでなければ、「教える側」と「教えられる側」の、上下関係的美酒に酔い、自分を見失い、生徒を見下す感情や万能感まで出てきて、やがて暴走、傲慢のエスカレートは、人格まで衰退させるかもしれない。よく耳にするスポーツ界でのコーチによるモラハラやセクハラは、その顕著な例だろう。


最近私は、ある技術を学ぶために、月に数回そこへ通っている。教わる立場として礼を尽くすのは当然だが、しかし指導員に前述のような心得が無ければ、教わる側は強いストレスにさらされる。疑いもせず何でもハイハイと言う事をきく幼子ではなく、大人に指導するのは、よほどの指導スキルが必要だろう。残念ながらこの先生には、そういうスキルは無いと思われる。さらに悪いことに、その分野に関連する別の知識が私に豊富にあり、専門分野の違いから、質問に対し頓珍漢な返答が来たり、こちらの話を理解してもらえなかったり、当然ながら先生の分野では全く先生にかなわないわけだが、そのために一般的な大人に対する敬意をはらってもらえず、大きな声を出されたり、挙句の果てには侮辱的な事まで言われたりと、私のプライドはズタズタ、もう正直うんざりさせられている。この先生様も悪い人ではないのだろうが、指導員としてのスキルが足りないため、その熱心さが裏目に出て、ただの傲慢になっている、と生徒の私は感じている。まあもっと酷い例をいくらでも知っているので、こんなものどうという事は無いのだが、それにしても不快なものだ。


ちなみに最悪の例で思い出すのは、やはりダントツで乗馬クラブの指導員たちだ。世界最高水準のドイツなどの一流クラブと比較するのは酷だが、ドイツで暮らす元妻の話によれば、全然違う、らしい。馬術の障害飛越は一歩間違えば死亡事故にもつながる危険な競技。だから安全を大義名分に、指導員はやりたい放題だ。客である生徒を日常的に怒鳴りつけ、モラハラもセクハラも目に余る。もし私に年頃の娘がいたら、絶対に乗馬クラブには近づけないだろう。無数にある嫌な経験から一例をあげよう。別のクラブに競技馬を持ち、経験を積み、ベテランになって大会でも結果を出せるようになっていた頃、普段トレーニングに利用する自宅近くのクラブで、ハタチぐらいの若い新人指導員に突然怒鳴られた事がある。「僕は指導者だよ。挨拶の仕方が悪い。態度がなってない!」と。当時私は40代半ば。技術も知識も実績もこの初心者の坊やより私が百倍上。しかもこっちは金を払っている客。よっぽど馬から降りてこのアホをどついてやろうかと思ったが我慢した。極端な例だが、スキルができていない指導員とは、こういうものなのだ。


実は私も、20年ほど、高額な報酬を受け、ある技術の指導をする仕事をしていた。技術系ビジネスマン相手のマンツーマン指導だから、はっきりした目標に向けての濃密なレッスンになる、とてもやりやすい環境だ。しかしそれでもそこはやはり人間同士、それぞれに個性があるから、レッスンがスムーズにいくよう私は細心の注意をはらった。これに必要な心理学を学び、どんな個性にも対応できるよう、その人への事前リサーチも含め、万全の態勢で挑んだ。相手の話をどんどん聞き出し、その情報を元に相手がストレスを最小限に抑えられるようあらゆる手を尽くしながらレッスンを進めた。レッスン時間そのものはあまり変えられないが、時間外で相手の話を十分に聞いた。じっくり話を聞き、質問もよくした。相手の話を邪魔しない範囲内で、適度に自己開示もした。こうして、私が若く未熟だった頃より、20年後には、はるかに中身の濃い授業ができていたと思う。

もし私が犬の指導が上手だとしたら、この経験が役立っているのかもしれない。もちろん人間と犬では違うが、相手をよく観察し、相手にとって最も幸せでストレスフリーな指導方法を考えるという点は共通している。

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ちょっと目を離すと特等席を占領するチュー太郎。指導不足かも

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フカフカの座布団で気持ち良さそう

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冷房の効き過ぎ? 最新型エアコン、省エネなのに強力

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あっちへポイされたチュー太郎

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うらめしそうなパパを見る目