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第66話 古テレビから出火!

2011年08月30日 13:56

危うく火事になるところだった。家が燃えるだけでなく、山火事をひき起こすところだった。  リビングのテレビをつけっぱなしにし、隣の和室でパソコンをやっていると、なにやら尋常でない臭いがする。プラスチックを燃やしたような、これは覚えのある臭いだ。私は、我が家で何が起きているか、すぐに事態を把握した。 ・・・ 実は少し前にも、自宅で同じ経験をした。その時の原因は、93年製の松下電器の炊飯器だ。当時の最高級品で、けっこうな値段がした物だ。この時はすぐに原因が分かった。炊飯器のスイッチを入れたとたん、パチパチと異音がした後、例の臭いがして煙が出たからだ。ただちにコンセントを抜き、外へ出した。 


後日私はメーカーに連絡した。すると、無償で修理するからすぐに送って欲しいという。「ずいぶん親切だな、さすが松下。感心感心。いや、ひょっとしてこれ、証拠隠滅?」などと邪推しつつ、言われたとおりに送った。すると(価格コムで調べると5年ぐらい前に新品で数千円で売っていた最低価格品の)、中古の炊飯器を送ってきた。ご丁寧にどこの部署で使っていた炊飯器か名前まで書いてあった。そして、「お客様の炊飯器は部品がなく修理不能でした。こちらの方で処分いたしましょうか?」と言う。「出火の原因は?」と聞くと、「あの~すみません担当された方が只今・・・で、ですので今詳しい事は、分かりませんが・・・」と、微妙に事実関係をぼかす。う~~ん、さすがだ(皮肉)。しかし、あえて言えば、送られてきた炊飯器が、もう少しマトモなものなら、あるいは、ケチケチせず最高級品の新品なら、間違いなく私は松下のしもべになり、ヨイショ記事を書きまくっていた事だろう。


さてそのテレビなのだが、くしくも同じ93年製で、写真に映っているものだ。メーカーは、今はもう存在していないようで、聞いたこともない名前だ。たぶん名前だけのOEM製品だろう。したがって、写真で警告したい。 それにしてもビビッた。火事を起こしては大変なので、私は命がけでこの重たいテレビを担いで、安全な所に運んだ。正に火事場の馬鹿力だった。すぐにコンセントを抜いたのは言うまでも無いが、その他のコードも色々付いていたので手間取り、本当にあせった。危機一髪だった。壁や天井に延焼するなどしていたら、もうどうしようもなかっただろう。最悪山火事になって大惨事になるところだ。そういえばここの冷蔵庫も93年製だ。最近音がうるさくなったような気がする。さすがに冷蔵庫を、同じように担いで安全な所へ運ぶ事は出来まい。早急に買い換えよう。洗濯機はどうだろう。今のところ異常なしだが、これによる火災も少なくないという。しかし、それにしてもだ。たかだが18年である。私はメーカー各社に言いたい。ちょっと、お粗末過ぎませんか? 50代60代、あるいはそれ以上の人間にとって18年など、そう遠い過去ではない。大袈裟に言えば、そんなの若い人の5年ぐらいでしかない。長寿化はますます進んでいる。こんなことで人生を奪われるなど、真っ平ごめんである。下の記事によれば、火災が頻発しているという。


参考サイト 火災事故続発! 危ない「家電製品」  経済産業省「消費生活用製品の重大製品事故」
 


話変わって、明日病院へ行く関係で、この涼しい山から、34℃!の自宅へ帰らなくてはならない。担当医によれば、数日かけて、いろいろ検査をしたいという。2週間ぐらいは居なくてはならないようだ。ああ、何事もなければよいが。 ガーンとショックを受けるようなことがない事を願いつつ、下界に帰る。 ・・・ 「必ず戻ってくるぞ!」と気合を入れる。まあしょせん、まな板の鯉なのだが・・・。 「無事」なら、即、山に戻ってくるつもりだ。これから山は、美しい秋を迎える。美味しい木の実や栗、きのこがたくさん生えてくる。 前話に登場のご主人は、帰って来られなかった。だが、悪いが私は違う。必ず戻ってくる。そう信じて、明日に備え、準備をする。エイエイオー! お、もうこんな時間か、ご飯ご飯。ああそうだ、冷蔵庫を空っぽにして電源を切っておかなくては・・・。やれやれ、家電がこんなに危険なものだとは知らなかった。皆様もどうかお気をつけて。

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これが問題のテレビ。話はそれるが、私はまだブラウン管で充分だ。大型液晶で連続ドラマを見ると、俳優の顔が怪獣のように拡大され、見にくい。今世にあるソフトでは、スペクタル映画以外にメリットを感じない。家にあるのは最新機種だが、スポーツ中継では動きの悪さがまだ目に付く。 大切なオーディオ機器は今のところ大丈夫の模様。それが救いだ。山と花の絵は、お気に入りのひとつ。花の絵は、光を当てると、黄色く鮮やかに輝くように描いた。

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そのタネは、この白い絵の具。一見黄色く見えるが実は白だらけ。

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前にご紹介したLPレコードたち。私の宝物。

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今や珍しいレコードプレイヤー。ソニー製。素晴らしい音。業務用の大型ターンテーブルがキモ。

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リビングの様子。チビッ子の絵を持って来ている。必ず戻るから、今回はあえて置いておこう。

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笑顔のチビッ子

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怪しい雲。雲から上は雨で下は晴天。我が家はどっちだ



最近一番よく聞くのがバッハの無伴奏バイオリン曲。おいおい紹介したいが、魂を震わせる曲がたくさんある。





第65話 未亡人を甦らせた子犬

2011年08月26日 01:54

自宅もそうだが、山荘のご近所さんとも親しくしてもらっている。特に山荘の方は、さびしい山奥の中の同じ別荘族という特殊な共通点もあり、またそのせいか人恋しさもあって、親しくなりやすいようだ。互いに声をかけ、すぐに親しくなる。また、ご近所のペンションやホテルの経営者の皆さんとも、親しくしていただいている。ドーベルマンという目立つ犬を連れて、もう二十年近く毎年長期間滞在しているせいだろう、見慣れた私を見かけると、気さくに声をかけてくれる。そういうわけで、夜になると「シーン」と静まり返り真っ暗闇になる、鹿や狐や恐ろしい熊も出る、標高1400mの山奥の、この山荘の方が、強がりかもしれないが、自宅よりもむしろ孤独感が少ない。 ・・・ 夏休みで遊びに来ていた、にぎやかな弟一家に帰られ、寂しくてシクシクしていた私だが、昨日久しぶりに雨がやみ、親しいご近所さんの家に遊びに行き、一緒に山登りをして楽しく過ごしたら、心がかなり晴れた。


そのご近所さんとは、3年前にご主人を癌でなくされた未亡人だ。「未亡人」とはおかしな言い方だが、「後家」さんや「寡婦」さん??というのも変だし、適切な言い方が分からないのでお許しを。この方はおそらく70位と思われるが、とても若々しく、女性は強いなあ、と思わせる方だ。昨日は近くの景色の良い所へ案内した。もう40年も前からここに別荘を持つ人だが、そこへは初めてだそうで、その雄大な景色に、たいそう感激していた。そこはイシュ達との散歩コースだったので、私はもうそれほど感動はしないが、それでもやはりいい。約一年ぶりか・・・。 昨年来た時は、亡くなったばかりのチビッ子を想い、風の音を聴きながら、いつまでもいつまでもここにたたずんでいた。イシュは何故か好まなかったが、チビッ子はここが大好きだった。いつもうれしそうに、縦横無尽に駆けまわっていた。 ・・・ だが昨年は、7月から11月まで滞在していたが、2~3回来ただけだった。やはり一人でここに来るのは辛い。寂しさが身にしみる。


昨日はお蔭様で、可愛いトイプーまで連れて、ワイワイガヤガヤ楽しかった。奥さんからいろいろ質問され、「あの山は何々で、あそこは・・・」と私は喜んで解説した。なぜそんなに楽しかったのだろう? 誤解を招きかねない言い方だが、同性ではなく親しい異性と2人、というシュチュエーションのせいなのだろうが、それよりも、やはり人間は群れ動物なのだな、と私はつくづく思った。


一般的に、女性の方が男性よりも、(ビジネスライクな上下関係ではなく)人と人との人間的な横のつながりは作りやすいという。例えば女性ならお友達との旅行など珍しくないが、男性二人で旅行だなんて、相当珍しい。そういった女性のアドバンテージは、かなりのものだと私は思う。とにかく男性は気を使うし機会もない。昨日のシュチュエーションも、奥さん同士なら珍しい事ではないが、男性の私が、一人住まいのご近所さんの家に招かれ、お茶をごちそうになり、一緒にどこかへ行くなど、普通はあまり無い事だ。男性同士では、仕事や何かイベントがらみでもない限り、そういう事は滅多にない。こうして中高年男性は孤立していくわけだが、脳の老化防止の為には一日に最低4人ぐらい(家族や部下等ではなく新鮮な刺激が受けられる他人)との会話が必要だという。だから私は、マメに買い物に出かけ、店員さんを捕まえ、例え少しでも会話に努めている(店員さんごめんね)。そんな話を奥さんにすると、「私もそうなのよ」と大笑い。しかしそう言う彼女の携帯には、ひっきりなしにお友達から電話が掛かり、とりとめもない話をしている。こういうのは私達ではありえないことだ。私はうらやましくその様子を見ていた。


その奥さんも、一時はかなり落ち込んでいたという。亡くなったご主人は、イケメンのスポーツマンのお金持ちで、私もあこがれるような方だった。しゃれたベンツのSL(最高級オープンスポーツカー)を乗りこなし、私の家の前を通る時に手を振り、「今からゴルフ!」などと元気にしゃべっていた様子を思い出す。しかし数年前、「おれ肺癌だって。でも幸い早期発見だったから良かった・・・」などと言い、奥さんも「(無事手術が終わったら)皆で全快パーティーを盛大にやりましょうね!」と言っていた。しかしその後音信不通になり、私は他のご近所さん達と不安をつぶやいていた。程なく残念な知らせが伝わり、しばらく見かけなくなっていたところに昨年、久々にこの奥さんと再会した。ほっとした。明るい表情だった。足元には、小さな可愛いトイプードルが居た。悲しみにひどく落ち込んでいた奥さんを見かねた家族が、子犬を買ってきて、半ば無理やり奥さんに持たせたのだという。そして、「飼って本当に良かったわ、救われた」と、ご本人が力説した。当時愛犬を亡くしてひどく落ち込んでいた私に対して。 昨日も、そのトイプーを可愛がる私を見て、やはりそれを言っていた。私がとても寂しそうに見えたのだろう。


子犬の癒やし効果が、いかに素晴らしいか、私も経験がある(第36話参照)。しかしその子犬に、たった5年で死なれた時、その悲しみがいかに甚大か、それも私は経験した。他の方のブログを読んでいて、時にかなり深刻な状態になっている方を見かける事がある。私にはその悲しみが、痛いほどよく分かる。特に私のような孤独な独身者の方の場合、悲しみが倍加する。その後の寂しさも強烈だ。 ・・・ 私は思う。生と死について。そんなもの物質の変化に過ぎないなどと野暮は言うまい。そうじゃなく、子犬という魂との出会いと、その後深い絆で結ばれた愛犬との別れについて私は考える。世の中の出来事について、全て意味があるというのなら、僅かせいぜい十数年で終わる愛犬との暮らしにも、深い意味があるのだろう。そう考えると、たった5年で終わったチビッ子との生活も、光り輝いて見えてくる。あれほどの悲しみは、裏を返せば、それほどの深い愛の中に居た証と言える。そう、私も、嘆き悲しんでいるあなたも、実は幸せ者だったのだ。誰があのような深い愛の中で、あれほど幸せに暮らせただろうか。イシュやチビッ子(正式名チューちゃん1号、チューちゃん2号)のような名犬とめぐり会えて、私は本当に幸せ者だった。○○の奥さん、素晴らしいトイプードルに出会えて、本当に良かったですね!おめでとう・・・


その場所で、景色に見惚れている奥さんに私は告げた。「もう帰りましょう、怪しい雲が出てきています」。案の定、下山途中ポツポツと降り出す。雨宿りする場所などない。んな事より、久々に晴れて、大量の洗濯物と、4人分、いや私の分も含めて5人分の布団が干してある!!!  ああ雨よ、もう10分待ってくれ、と願うもかなわず降り出す。3人(2人と一匹)で必死に駆ける。若犬のくせに、トイプーが一番遅れる。「こりゃ!チビ、きびきび走らんかい!」と活を入れる。すると不思議と走り出す。奥さん大笑い。雨の中走る私達を見て、通り道のホテルの支配人が声をかけてくる。手を振って「布団を干してあるんです!」と言う。あらら大変という顔をされる。 ・・・ しかし何だか段々「アハハ」とハイな気分になってくる。雨の中を走ると、何か特殊な心理作用でも働くのだろうか。いよいよ本格的に降り出してきたので開き直る。「たかが布団が濡れるぐらい何だ!そんな事より、転んで下半身不随になる事を心配しろ!」と自分で自分に唱える。奥さんから「そうだそうだ、そのとおり!」と褒められる。そして、その奥さんたちとも別れ、やっと家にたどり着く。 ふとんは?  ・・・  オーマイガー!  ふ、これも人生さ。(涙)

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チビッ子が大好きだった山のお散歩コース

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うれしそうな顔

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誰も来ない場所なのでフリー

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短い森を抜けると・・・

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秘密の広場が。

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そこには雄大な景色が。写真ではその迫力が伝わらない。

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帰り道。


この曲が思い浮かんだ。チビッ子を抱きながらよく聞いた曲。
モーツアルトのクラリネット協奏曲。最高の曲。3つの楽章全て最高

第64話 子育て体験

2011年08月22日 15:05

いやはや、大変な一週間だった。そして、最高に楽しい一週間だった。仙台に単身赴任している弟が夏休みで名古屋に帰省、その翌日に私の居る山荘に一週間の予定で遊びに来た。メンバーは弟夫婦と10歳と4歳の男の子の計4人。病院の関係で今年私は、なかなか山に行けず、弟達が来る前日にあわてて行った。夕方に到着、それから夜中の3時まで受け入れ準備と掃除、翌日も掃除、ひたすら掃除、そして草刈をしている時に到着の連絡、迎えに行っている間になんと雨、干してある4人分の布団が!!! 幸い少し濡れただけで済んだ。こんなドタバタから始まった一週間だった。嵐の予感!


私には子供がいない。理由は元妻だ。詳しい話は省略する。私自身も、動物達が可愛かったし、それほど欲しいという気持ちもなかった(そういう気持ちは、今や日本では絶滅危惧種の、弟や妹がいる3男坊等つまり大家族の真ん中の特徴らしい。その辺の解説も省略)。そういう事情で子供が出来なかったので、子供については経験ゼロ、知識ゼロの私が、自分の家に彼らを向かえ、一週間いったいどういう生活になるのか、犬や馬との出会い・生活とはどう違うのか、大きな不安があったが、強い興味もあった。結論から言うと、今さら遅いが、子供を作らなかった事を、後悔した。


4歳児はまだまだ発展途上で母性の庇護が必要な状況だったが、10歳児の方はちょうど父性の導きが必要な時期だったので、ウマがあった。私が様々な質問に答えると、彼は納得し、さらに知識を欲しがった。私は、科学の話、哲学的な話、等々、いろいろな話をしてあげた。そんな時、ある事件が起きた。ある遊具で、青い物と白い物があった。兄が青い物を選ぶと弟は青が欲しいと言い出した。いつもこんな調子だったのだろう、10歳児の兄は頑なに拒んだ。それでさあ大変、4歳児は青に拘り、ありとあらゆる手段を使って皆を困らせた。無視されると、絶叫して泣き叫んだ。欲望をまだコントロールできないし、思いやりや遠慮、ルールという概念もまだない。人的な欲望に目覚めてまだ間もないだろうから、突然現れたモンスターに、すでにそういったものを修得している10歳児の兄は、強烈な被害意識を持たされているだろう。私は、この青白事件で、後日彼の気持ちが落ち着いた適切な時期に、次のような話をしてあげた。


「4歳の頃は皆ああいう風だよ」「チビッ子、まだ脳が発展途上だからお兄ちゃん大変だね」「チビッ子よく食べるから将来必ず大きくなる。苛めると将来大きくなった弟に仕返しされるよ。俺は苛めなかったから今でも仲がいい。たぶん一生仲がいいだろう。お前たちはどうなるかな~」「チビは必ずお前の物を欲しがる。俺の弟もそうだった。だから俺は、青が欲しいときは白が欲しいと言い、弟が白が欲しいと言い出したら、え~~!と言いつつ、仕方がないからお前に白を譲ってやるよと言って弟に感謝させた。先日のように、めんどくさい事になった挙句、弟に怨まれるか、逆に、丸く収まって親からも褒められ弟からも感謝されるかは、お前の工夫次第だ。頭を使え」などと私は話した。この話は、遠まわしに、青に拘った事がいかに馬鹿馬鹿しい事で自分に損だったか、それに気付かせる狙いがあったが、気付いたかどうかは不明。しかし弟に向ける表情が、明らかに明るくなった。知能が4歳児よりも圧倒的に上位にある事に気付き、少なくとも、被害妄想はかなり解けたように見えた。


チビッ子の方は、まだ私の出番はない。この年代に必要なのは父性ではなく母性だろう。ただひとつだけやった工作は、平等だ。観察の結果、かなりそれに敏感だったので、一見またチビがイケナイ事をしたようで実は両成敗、という時を見計らって、まず弟の方をダメだしした後に、兄貴の方にもダメだしした。いつものように自分だけが叱られたと思い込み、不満タラタラの表情だったチビッ子が、平等によく見ていてくれて兄にもダメだししてくれた事に、よほどうれしかったのか、私に向かって、にっこり微笑んだ。その表情がとても印象的だったし、こんなにも大人をよく見ているのかと感心した。この辺のところは、動物の調教とは大違いだ。さすが人間。非常にダイレクトで、はるかにシビアだと思った。子育ての大変さが、ほんの少しだが、分かったような気がする。 ・・・ でもまあ、子育て奮闘中の皆さん、ま、開き直るべし。人間誰でも欠陥だらけ。子は親を見て育つ。それも人生。そこが楽しいのだ~気楽に行こう

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近くの牧場にて「4歳児」と。撮影者は10歳の兄


後半は弟(チビたちの親)が嫉妬するほどすっかりなじみ、毎日朝から晩まで楽しく遊んだ。

帰り際、車の窓から身を乗り出し、いつまでも、いつまでも私に向かって手を振っていた・・・。



超にぎやかな毎日から、超孤独な、静かな日々に逆戻り。

その日から、前日までより10℃も低い凍える雨の日々。

雨の音を聴きながら、久しぶりに酒を飲んだ。にぎやかなジャズのレコードをかけて。


聴いたのはこれ。カウントベーシーの、「ベーシービックバンド」

私が最も好きなレコードのひとつ。渋くて楽しい最高の名演。音も素晴らしい。ビックバンドが、まるで目の前で演奏しているような、とろけるような良い音がする。(CD盤も良い音がするかどうかは不明)

第63話 救われた命

2011年08月12日 08:14

前話で紹介した「ベートーベンのピアノ協奏曲第4番」は、私の最も好きなピアノ曲のひとつだ。次の第5番「皇帝」ももちろん偉大な曲だが、私はこちらの方が感動する。ところでこの曲といえば、ベートーベン直系の大ピアニスト「バックハウス」が最も好んだ曲だが、幸いステレオ時代まで生きてくれたので、その素晴らしい演奏を良い音で聞くことが出来る。シュミット指揮の協奏曲全集を持っているが、正に名演。何度聴いても惚れ惚れする。私はこのレコードを、少しでも良い音で聴く為に、オーディオに金をつぎ込み、マニアな世界にのめり込んだ。人があまり来ない山奥に山小屋を建てたのも、実はこれが大きな理由だった。ストレス(騒音加害の心配)なく音楽を楽しみたかったのだ。リビングが異様な吹き抜け構造になっているのも音響効果のためだ。ああいうレコード(名盤)は、それほど人生に影響を与える。


前話でこの曲をアップするにあたり、いろいろな演奏を聞き比べてみたが、その中で2つ紹介したい演奏がある。ひとつはそのバックハウスが、大指揮者カールベームと競演した演奏だ。何と美しいカラー映像で全曲アップされている!!! 音質も良い。 いつ削除されるか分からないので、早速保存したのは言うまでも無い。前述のシュミット版の場合、正にバックハウスの世界、彼が中心の、彼の理想の演奏、となっているが、大指揮者ベームは違う。堂々と、この偉大なピアニストと渡り合っている。両者は若い頃からの付き合いのようだが、当時70代後半のバックハウスからちょうど10歳年下のベームは、この時、あるいはこの頃より、師弟関係から、師匠もビックリの大きな存在に変化!という状況だったのかもしれない。このベームの演奏は、数ある彼の名演の中でも、トップクラスではなかろうか。ベームが前面に出てシュミット版とはある意味真逆な演奏だが、これはこれで素晴らしい。演奏終了直後にベームを見つめるバックハウスの表情が印象的だった。私には、「やるな、ベーム君」という表情に見えた。そういえばカデンツァ(独奏)の時のバックハウスを見つめる楽団の表情も印象的だった。カメラがなぜ彼らの表情をアップにしたのか分かるような気がする。おそらく私も、感動のあまり、あんな顔をして見ていただろう。


そしてもうひとつが、前話で紹介したクララ・ハスキルの名演だ。本当に良い時代になったものだ。こんなに簡単に見つけ出し、それを自由に聴く事が出来るなんて、これは、昔のレコードマニアには、夢のような世界だ。音質も、高級オーディオにつなげば不満も出ようが、中級クラス程度の物なら、CDとさほど変わらない音で聴くことが出来る。少なくとも使い古されてボロボロのレコードよりは、嫌な雑音が出ない分だけでもずっとマシだ(しかし良い状態のLPレコードの圧倒的な生々しさは、デジタルとは比べ物にならないほど良いと思う)。ちなみに何やらマニア達は、凝ったデジタル処理で、さらに高品位なサウンドを引き出しているとか。ネットから開放されているデジタル音源に、それほどのエネルギーがあるのかと、うれしさで心が躍る。今日紹介した演奏も、音の鮮明さに驚いた。大袈裟に言えば、現在の録音と比べても遜色ない。そうなると、百年もの歴史の中から「名演!」と選ばれる巨匠たちの録音は、現役の演奏者達にとって深刻な脅威だろう。CDが売れまくって左うちわ、なんて事は、もうありえない。気の毒な話だ。教室を開業するかライブでマメに稼ぐしかない。だが、どれほどの需要があることやら。


スイスで、そのバックハウスとクララが、並んで歩いている写真がある。ピアニスト同士が仲良く歩いている写真など珍しいと思うが、しかもそれがあの二人だ、色々な想像をかきたてられる。 ベートーヴェンのピアノソナタ第32番ハ短調作品111という非常に素晴らしい名曲がある。ベートーベンの最高傑作のひとつだ。この曲の両者の演奏は、協奏曲第4番の時以上に対照的だ。驚いた。かなり違う。この曲のメインは何といっても第二楽章の、得体の知れない不思議な美しさ(様々なサイトで詳しく紹介されているので技術的解説は省略)だが、クララの演奏は本当に美しい。私は初めて、この曲の本当の美しさを知った気がする。それに比べバックハウスの演奏は、武骨だ。しかし、何と感動的なことか。演奏終了後、私は、おもわず目頭が熱くなった。この両者の名演の間に、優劣など存在しないが、例えて言えば、バックハウスの演奏は、もったいなくて頻繁には聴けない、数年に一度、身を清めて、正座して聴きたい。それに対しクララのあの美しい演奏は、年に一度は聴きたい。そう思った。 両者はあの散歩の時、いったいどんな事を話して談笑していたのだろうか。「ウーちゃんの演奏ステキよ」「いやいやクララ、君の演奏こそ素晴らしい!」てな事を言って、互いに褒めあっていたのだろうか。(笑)


ふたりは10歳ほど違うが(クララが年下)共に10代半ばで華麗なデビューをし、大活躍した。しかし両者には、大きな違いがあった。バックハウスは生粋のドイツ人(戦後スイスに帰化)。そしてナチスの総統ヒトラーが彼の大ファン。方やクララは、ナチスから虫けら扱いされたユダヤ人。彼女は、命からがらフランスからスイスへ逃げ延びたという。クララは病弱で当時も重い病気にかかっていた。しかも有名人だったために顔が割れている。スイスまでの逃避行は、大変な苦労だったろう。クロード・ルルーシュのレ・ミゼラブル(1995年フランス)という映画がある。当時フランスには、少なくないユダヤ人差別と偏見があった。ナチス占領下でそれが噴出、一部の心無い連中が、よってたかってユダヤ系の人々の弱みに付け込み、彼らの財産を盗んだりした。この映画ではそれが克明に描かれている。さらには、かくまうふりをして性的趣向で地下室に閉じ込めたり、挙句の果てにはスイスへの亡命を助けるふりをして虐殺に加担したり等々、そういうところまで克明に描き、自国フランスの近代史の暗部を、生々しく告発している。「ありがとう、私達このご恩は一生忘れません。ああ目の前がスイスね!すてき!」と歩んだ先には、ナチスが待ち構えていた。そして残酷な処刑が・・・。この映画と同じようにスイスの国境越えに向かったクララも、一歩間違えば、そうなっていた。いや、というより、あのような状況でクララが助かったのは、幸運だったろう。


バックハウスは、ナチスの宣伝に利用されていたため、戦後、ナチス協力者という烙印を押された。だが、ヒトラーやナチスが彼を勝手に好きになったのであって、音楽家の彼に政治的責任を負わすのは、フェアとは言えまい。戦後彼は厳しく責任を問われ、一時社会から追放されたが、数年後無罪が認められた。少なくとも他民族蔑視扇動・ホロコーストには加担はしていなかったので、妥当な判断だろう。 クララが生き延びてくれて本当に良かった。 クララとバックハウス、この両巨頭が、スイスで仲良く歩いている写真は、音楽だけではなく、平和の尊さ、異民族蔑視扇動の悪質さ、人格攻撃・ネガディブキャンペーンの恐ろしさ、人類史上最悪の大虐殺という悲劇を乗り越え、その旧敵国人・旧敵対民族が、にこやかに並んで歩く友情の美しさ、人類愛、そういうところまで考えさせられる。 彼らの音楽は、何不自由なく育ってきた現代の奏者らとは、やはり厚みが違う。一音一音に、深い響きがある。だから聞く者の心を震わせる。 


今日は、終戦の日を前に、少し戦争と平和について考えてみた。ワンコの話を期待して読んでくださった方には申し訳ない。


顔が見えないネットの特徴だと思うが、ナチスの主張とあまり変わらないおぞましい書き込みが、やたら目に付く。他民族への偏見と偏狭な民族主義。そしてあえて名前は言わないが、一個人への徹底した政治的人格攻撃とそれに乗せられる世論。この民主主義の中、操り人形ではなく事実上日本初の市民運動家出身のリベラル派宰相登場に、「国賊左翼政権だ」とネットを中心にいっせいに罵声が沸き起こり、さらには「どんな手を使ってでも必ず失脚させてやるよ」と公言する大手新聞社まで現れる始末だった。公平であるべき大手新聞社ですらこうなのだから、政敵や旧体制側等との合体ネガディブキャンペーンは、苛烈を極めた。一個人などひとたまりもない。誰もが言うから誰もが真に受け、偏見を膨らませていく。私は、これほど日本中が一個人を人格攻撃する現象を初めて見た。まるで巧妙な扇動により意味もなく隣人を蔑んだ戦前のドイツ人のようだった。 ・・・ 国民の頭が、それと同盟を結んでいた頃の水準に戻らないよう願うばかりだ。それにしても最悪の前例を作ったものだ。 ・・・ ふ、と溜息を漏らす。クララの写真を見ながら。

この可愛い美少女が、後に伝説的大ピアニストに
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一歩間違えばアンネと同じ運命だった・・・
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苛烈なユダヤ人狩りを逃れた
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(写真はいずれもグーグルの画像検索で表示されている物)
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素晴らしい名盤!特に24番が最高

バックハウスとベームのベートーベンピアノ協奏曲第4番 その1

その2
http://youtu.be/coXk1FsBVYc
その3
http://youtu.be/AceX_ilPDfs
その4
http://youtu.be/Lmv4w5EqwH4


ベートーヴェン ピアノソナタ第32番ハ短調作品111 クララハスキル独特の愁いを帯びた演奏



こちらはバックハウスの演奏 正反対の快活な出だし 違いが面白い


 


第62話 お散歩調教

2011年08月05日 13:11

最初にいくつかお断りするが、これはドッグショー用のものではない。あのような芸は、競技会の為のものであって、リラックスする憩いの場であるべき家にまで持ち込むのは、よろしくないと私は考える。したがって、私の愛犬に対する例は、一見ショー用と変わらないリーダーウォークに見えるが、あくまでリラックスした快適な散歩を実現する為の調教であり、考え方は根本から異なっている。そこを誤解しないで欲しい。また、犬の問題全体に言える事だが、相手は人間が考える以上に知能を持った生き物だ。方程式など存在しない。突き放した言い方になるが、この正解というのは、飼い主が努力し、よく犬を観察し、研究し、試行錯誤を繰り返しながら、犬と一緒になって作り上げていくものだ。他人の成功例など、ほんのヒントに過ぎない。むしろ他人の失敗例の方が、ずっと参考になると思う。(成功例には本人も気付いていない様々な要因が複雑に絡んでいる事が多いが、失敗例は原因が極めて具体的且つ普遍的である事が多い)


さて、まず散歩の重要性について、あらためて考えてみたい。健康な人間が強制的に家に閉じ込められ、一歩も出られずに年月を重ねていけば、いったいどうなるか。おそらく体の健康を害するはずだ。だがそれよりももっと深刻なのは、精神面の健康と知能への影響だろう。私の経験では、本来犬は、一日に4~5回は散歩したいのではないかと思う。山荘に居る時、外のデッキでくつろいでいると、生垣や塀で囲まれた自宅では寝てばかりのイシュ達が、盛んに周囲を散策したがる。山に誰も居ない時に、呼び戻しの訓練を兼ねて何度かそれを実験してみたが(注:絶対に真似しないで下さい。多くのペットが別荘で行方不明になっています)、数分ほど周囲を見回って数時間家で休憩してまた出発という感じだった。おそらく完全自由なら、イシュはそんなライフパターンだろう。しかし現実社会は、日本中どこでもアスファルトに覆われているから、夏場の昼の散歩など自殺行為。仮に飼い主が時間を自由に使えても、早朝と夕方の涼しい時しか散歩は出来ない。だから、遺伝的に散歩が苦手な犬以外は、基本的に皆散歩不足ではないか?と私は思う。犬を走らせる庭を持っている人は、もちろん有利だが、犬の散歩には、運動以外にも様々な目的がある。その辺の話は割愛するが、飼い主はこういうところを押さえたい。散歩に出た愛犬が喜び勇んでリードを引っ張るのは、そういう事情で、無理からぬ面があると思うのだ。


前置きが長くなってしまったが、ではどうやって横にぴったり付けるようにしたらいいのだろう。散歩デビューして間もないウブなチビッ子の写真を紹介しながら、簡単に説明しよう。写真のとおりチビッ子は、あっという間に覚えてくれたが、これは悪い癖が付く前だったからだ。一旦悪い癖が付いた子を矯正するのは、白紙から調教するのと比べ、難易度はかなり高いという事を予め言わなくてはならない。また、事前の準備も重要だ。いきなり散歩に出て、「さあこうしろ」、と言っても、そうそう上手くはいくまい。私がした準備は、だいたい以下のとおりだ。


① 庭での遊び等をとおした充分なコミュニケーション
② 確実に実行できる「座れ」や充分なアイコンタクトの経験
③ 充分なトイレ調教
④ パニックにならないよう事前に家で首輪とリードに慣らさせる
⑤ まずは家の中で、エサでつりながら首輪だけで「ついて」を練習
⑥ 同じく室内でリードをつけて円を描くように「ついて」の練習(左右とも)
⑦ 緊急停止の練習(リードを頭上に、胴に撒きつけハーネスに、リードのコブに体重をかける等)
⑧ 抱っこして、少しずつ外を散策(まずは家周辺から)
⑨ 少しだけ地面に置き、コンクリートやアスファルトを経験させる


等々。実際には、もっともっとたくさんの、様々な準備を行った。興奮して無駄にリードを引っ張る事態が起きないようにする為には、それぐらいの準備が必要だ。ではそれでもリードを引っ張られた場合はどうすれば良いか。答えは第54話で書いた、「・・・」、すなわち「無言」だ。散歩は、「楽しく」が絶対的な基本だ。時々、ワンコに引っ張られた為に激怒する飼い主さんを見かけるが、あれでは楽しくはなかろう。そうなると「無言」が効かなくなる。私の場合、チラチラとチビッ子とアイコンタクトをとりながら、常になんだかの楽しい声、鼻歌などを響かせ、「そうそう、そうそう、グーグー、グーグー、チューちゃんオリコウだね♪」などと言いながら散歩した。そして、例えば、ついつい褒め過ぎてしまった為に、興奮したチビッ子が、一歩前へ出た時などは、途端に無言にして空気を変え、そして方向を、急回転させた(円を描く横歩きの訓練の時は、少しずつ角度を変えて、自然に横にする。この時は、急回転して犬を後ろにすると、追いつこうとスピードを上げるので、かえって逆効果になることがある)。再びゆるいリードで横にぴったり付く状態に戻ったら、「ぐーぐー」や鼻歌等を再開した。



これでほとんど解決したが、それに加えて私がよくやって手口に、こんなものがある。基本的に動物は皆怖がりだ。人間は科学を知っているから動物のようには怖がらないが、何も知らない原始人は、動物と同じように怖がりだったろう。そのギャップを利用した。例えば車やオートバイ(それらを初めて見る子犬には怪物に見える)などが横を通れば、私は少々大袈裟に、自分が盾になってチビッ子を守った。また、人間や他の犬などに慣らす為に、私は、初対面の通りすがりの人でも誰でも、どんどん声をかけて談笑したが、しかしその時、チビッ子を私の後ろへ控えさせ、まるで敵からチビッ子を守る盾のような体勢をとって、チビッ子を安心させた。そしてその人にチビッ子を紹介する時、一緒にかがみ、手の甲だけを斜め下からそっと出すようお願いした。これも「パパ凄い♪」と思わせる効果を狙った、チビッ子の目を意識した演出のひとつだ(初めて見る大きな生き物をパパが思いどおりに動かした!制御した!パパ凄い!等と思わせる目的)。もちろん実益もある(実際ワンコの為には、特に初対面の子犬には、ぜひそうして欲しい)。


そして、近所の家に、吠え掛かってくるワンコが居ようものなら、それこそパパの威厳を示す絶好のチャンス。チビッ子を守る姿勢を前面に出し、自分が盾になって間に入り、威厳を持ってそこをゆっくり通り過ぎた。チビッ子はおそらく、「パパ凄い♪ステキ♪」と思ったに違いない。これらパパの涙ぐましい努力によって、チビッ子は、パパを尊敬する、お利口なお散歩パートナーに成長していった。ジョークに聞こえるかもしれないが、動物の調教には、この手の演出とユーモアが必要だと私は長年の経験から感じている。その成果か、チビッ子に関しては、ほとんど失敗談が無い。何かあったかな?と思い返しても、浮かんでこない。「参考になるのは自慢話~の成功例ではなく、実は失敗談」と冒頭に書いたばかりだが、ここまで読んでくださった皆様には申し訳ないが、思い当たらないのだ。 ・・・ いや、そうそう、大失敗がひとつあった。


いきなり遠くへは行かない、長距離はしない、これ当り前の基本だが、私は、チビッ子の散歩デビューが、あまりにうれしくて、ついつい思い出の、イシュの散歩コースへ行こうとしてしまい大失敗した(前話の写真参照)。あわてて引き返し、家の近くで、ぐるぐる円を描く訓練を始めた。「あんなに事前準備していたのに一体何やってるんだ俺?」と私は反省した。イシュの散歩コースを、(勝手に)イシュの生まれ変わりとしたチビッ子(第9話参照)と再び歩ける事は、一瞬私の頭を、くるくるパーにするほど、興奮させるものだった・・・。 散歩デビューで、いきなり長距離なんて、(調教の)自殺行為です。ご注意を。


いかん、思い出したら泣けてきた。こういう時はこれだね。元気が出る。ベートーベンのピアノ協奏曲第4番

クララハスキルの名演。百年前アイドルとしてモテはやされていた美少女が、今や伝説の巨匠と世界が認定。しかしさすがにベートーベンの大曲は無理だろという男の偏見を吹き飛ばす感動的な名演だ。非常に素晴らしい。


yhyj (1)
ほらほらチューちゃん、家で練習したでしょ?思い出して。「つ・い・て」

yhyj (2)
「パパこうすればいいの?」  「そうそうグー」

yhyj (4)
「ふふふチューちゃんお利口だね」  「ワタチは名犬チューチューだよパパ」

yhyj (7)
「はーいご苦労様チューちゃん最高♪」  「ふん、こんなの簡単さ。馬鹿にしないでよ」