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第52話 本能のコントロール

2011年05月30日 12:57

前話の続き。あのモコモコスリッパに、チビッ子は必ず夢中になると私は読んでいた。ネズミやミニウサギ等の小動物をゲットするのはドーベル系ワンコの本能だからだ。 私の調教方針は「ワンコの人間化」だが、これは人間社会と上手に付き合えるよう、幼い時にべったり付き添い濃密に教えるというもので、いわゆる社会化調教といわれるものの一種だ。特に変わった事を言っているわけではない。また、動物の本能を否定するものでもない。


私が読んだ文献の中に、飼い犬は野生の犬とは別の生き物と定義し、犬らしさを助長する調教や様々な犬同士のパーティーに否定的なものがあった。私は、犬の健全な成長、心身の健康の為には、犬の本能を過度に押さえ込むことは良くないと思っている。飼い主にとっては困る行為でも、時には目をつむる、あるいはむしろ推奨すべき時さえあると考える。だから私の考えは、前段は逆。本能を刺激する遊びを頻繁にした。しかし後段は、結果的に、最初から最後まで私にべったりで、一度もパピーパーティーにもドックランにも行かなかったチビッ子の方が、イシュより人間ぽくなったことは事実だ。


イシュは、当時外向的な妻が居た事もあって、また乗馬大会等に同伴したりする事もあって、パーティー経験が豊富だった。チビッ子よりもずっと犬らしかった。犬らしくなるほど犬にとって幸福ならば、イシュの方が幸福ということになるが、飼い主とのコミュニケーションが上手く行くほうが犬にとって幸福ならば、チビッ子のほうが幸福だったことになる。いずれにせよ犬にとって良い事と飼い主にとって良い事に、微妙な違いがあるだろう。



毎日朝から晩まで家の中で犬とべったり二人っきりというケースは少数派だろうが、例えば高齢者の方や、専業主婦の人、作家のように家の中で仕事をする人、病気や体の障害などの理由で家に引きこもりがちな人など、意外と多いと思う。そういう飼い主に飼われている犬にとって、野性に目覚め、野山を駆け巡る快感を知り、一日中野山を駆け巡りたい気持ちになることが、その子にとって幸せなのだろうか。欲求不満に苦しむ一生になりかねないのではないか。 本能を刺激する遊びや調教は、自分との生活を考え、少な過ぎず多過ぎず、飼い主は注意深くコントロールしなくてはならないと思う。


さて、そこでチビッ子だが、幸いうちには走れる庭があったし、かまってやれる時間と体力が私に充分あったので、比較的多めに本能を刺激する遊びができた。腫瘍がひどくなる前までのチビッ子の写真を見ると、この本能遊びをしている時は、とても躍動感があり、どれも楽しそうに生き生きしている。本当に幸せそうだ。私はこのスリッパをチンチラに見立て、猫じらしの要領でまるで生きているように操作し、獲物をゲットする本能を刺激したり、時には負けてあげて闘争本能を刺激したり、獲物を取られまいとする本能を刺激したりしてあげた。数百円で買った安物スリッパだが、チビッ子にとって、ストレスを発散する、最高の快感をもたらす、素晴らしいおもちゃになった。 



この話にはオチがあって、チビッ子が2歳位の時の夏に、元妻が山荘に遊びに来て一ヶ月ほど滞在した。なんと彼女が飼っているチンチラを連れて。色まで同じ。チビッ子は激しく反応した。当初は「おやつ」としか考えなかっただろう。しかしそこはさすが人間化されたチビッ子だ。じっくり話すと、この子は獲物ではないことを、我が家の大切なゲスト、友だちであることを理解してくれた。そして事件は起きた。元妻が一時帰っていたある朝、この子がゲージを脱走して私の寝室に来、私の顔の上に乗った。私はネズミが大の苦手だ。変な感触に目覚めるとこの子がドーンと居て目が合った。昔実家で駆除したネズミの亡霊かと思って私は悲鳴を上げた。すばやくチビッ子は反応し怒声を上げながら私を救いにきた。チンチラは一目散に逃げる。チビッ子はますます本能を発揮する。鼻が聴くチビッ子の前で家の中に逃げ場などない。すぐに追い詰められた。絶体絶命のチンチラの運命は?


なんと、覚悟したチンチラ君に、チビッ子は優しくしたのだ。先ほどの興奮が嘘のような優しい表情になり、チンチラ君を見守っている。私はチビッ子を抱きしめ、「なんておりこうなんだ!」と最大限の気持ちで褒めた。この子は「おやつ」ではなく「友だち」ということを理解してくれていたのだ。「そんなの当たり前」という声が聞こえてきそうだが、とにかく私はその時、非常に感動した。私が悲鳴を上げたとき、すっ飛んできてくれたことにも感動した。後日この感動的な話を元妻にしたら、「もし食べられていたらどうしてくれるのよ!」と管理不行き届きを責められた。言わなければ良かった。すっかり仲良しになったチビッ子とチンチラ君も、その様子を見てそう思ったに違いない。そういえば昔イシュは、元妻が買ってきたミニウサギを見るたび、よほど美味しそうに見えたのか、ミニウサギがびしょ濡れになるほど、よだれを流した。 犬らしいワンコだった。 そのミニウサギは、ある日庭に出したら脱走、あっという間に野良猫に食べられてしまった・・・。

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本能を刺激されガウガウ言うチビッ子。第42話の経験もあって、わざと負けてあげる事が多かった。

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勝ってもけっして油断しない。本能がそうさせる。

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鋭い生き生きとした目。本能を満たす快感。

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「おりゃ~!」と勝利の雄たけびをするチビッ子。気が強い。 ^^;


そんなシーンにピッタリなモーツアルトK525





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第51話 可愛いから許す!

2011年05月26日 21:30

ワンコを飼うとき人は夢を見る。そして現実に直面し、悩んだり、怒ったりする。先日のペットショップの店員さん(20代前半ぐらいで、専門の教育を受け、いくつかの資格も持つという女性)は、自信に満ちたプロだったが、前話のミニチュアダックスの無駄吼えには、手を焼いていた。よほど頭にきたのか、ガーンと乱暴に鼻をつまみ、ググっと左右に振り、にらみつけ、「イケナイ!」と強い口調で叱っていた。


彼女は本当に調教の訓練を受けたのだろうか? あるいはスクールでそう習ったのか? 

あれではダメだろう。 私ならこうする。


その前に、この時のワンちゃんの心を読んでみよう。利発なこの子は、「お客さんが来たよー」と彼女に知らせたのだろう。そして初めて見る怪しいおっさんに、警戒警報を発した。つまりいずれも店員さんの為にしたことだ。にもかかわらず彼女から、ガーン!と制裁を加えられ、「そんな・・」と、悲しそうな表情をしたのを、私は至近距離でこの目で見た。


百歩譲ってもし制裁を加えるのなら、人間不信を招きかねない店員さんからの制裁ではなく、神の制裁でなくてはならない。例えば手に隠し持っているリモコンで、録音しておいた犬が苦手な音を大音量で出すとか、犬から見えない、気が付かれない位置にいる人にそういう音を出してもらう、例えば空き缶を床に落とすとか。あるいは犬懲罰用スプレーを、さりげなく軽く撒くとか、「無駄吠えをすると神様の罰が当たるの?」と思わせるような、そういう工夫が必要だろう。



で、私ならこうする。慌てず騒がず「そうかそうか」とりあえず落ち着かせ、抱き上げ、後ろから両肩をつかみマウンティングのポーズを取って、ワンコを守るように覆いかぶさり、優しく「クワイエット(静かに)」のコマンドを発し、吼えるのを止めさす。必要なら、ご褒美のおやつを用意し、鼻先に持つ。吼えるのを止めたら、「グ~。いい子だ、いい子だ」と褒め、おやつをあげる。ついでに、優しく声をかけながら、自分のあごで、ワンコの目と鼻の間をマッサージするのも良い。マウンティングのポーズは、「私がお前の主人だ、お前は私のものだ、お前は私が守ってやる」と、群れ動物であるワンコに、リーダーの存在を知らせ、安心感を持たすことが目的だ。「ワタチが頑張らなくてもいいんだ。うん、パパ(ママ)に任した!」とするのが無駄吠え防止法の正解だろう。



大きな、30kgを超えるイシュも、しょっちゅうこんな調子で私に守られていた。甘えん坊だ。 第25話第49話でお話したように、何かと怯えるワンコだったので、怯えるこの子に私が覆いかぶさり、「大丈夫だよ~チューちゃん。パパにド~~ンと任せなさい♪」と、子守唄を歌うように、優しく耳元でつぶやいた。怖くてウルウルしていたイシュが、これでかなり落ち着いた(案外うっとうしくて嫌がっていたかも。それならそれで無駄吠え防止になりちょうどいい)。 ドーベルマンは大きいから、このスタイルの抱き心地がとてもいい。両肩の幅が、ちょうど小柄な女性ぐらいあって、後ろから両肩をつかんでいると、なんだか興奮してガロガロしたくなるような、そんな味?があった。で、オスの私とメスのイシュのせいか、これが見た目が相当変なようで、ママからは、「パパ最低~。セクハラだ~!」と、酷くひんしゅくをかってしまった。 ・・・ (もう、まったくの誤解でし!)  ちなみにチビッ子は、小さ過ぎて全然興奮しなかった。じゃなくて、あまり抱き心地が良くなかった。まあ、あいつには必要なかったし。


「スピーク(吼えろ)」と「クワイエット(静かに)」を、なるべく早く教え、犬が人間から「うるさい!」と怒鳴られることがないようにしたいものだ。クワイエットだけでなく、スピークもぜひマスターしたい。イシュもチビッ子も、私が「スピーク!」と言うと、うれしそうに大声でワンワン言っていた。その後クワイエットさせても、発散して快感だったのか、ニコニコしていた。許され、思いっきり大声を出してニコニコ顔のワンコと、大声を叱られ、制裁まで受けるワンコ。 ワンコの運命は、飼い主しだいだ・・・


この写真は、パパの大事なスリッパを悪戯しようとしていたところを、「あれ~~チューちゃん何してるの~~?」と、パパに見つかったシーンだ。  その後のチビッ子とスリッパの運命は如何に。 (続く)
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「あ、見つかった」という表情のチビッ子。 可愛い ^^


そんなシーンにピッタリのモーツアルトk334


第50話 レッテル貼り

2011年05月24日 23:44

今日買い物に行ったら、大型商業施設内にあるペットショップに、何故かふらふらと寄ってしまった。店内には売れ残りと思われるミニチュアダックスが、ゲージに出されていた。牙を剥きけたたましく吼えている。あまりに吼えるので、ある種のレッテルを貼られ、買い手が付かないのだという。どれどれと一通りの儀式を踏んで接したところ、とても私になついた。表情のある大きな目をした可愛い子で、愛想を振り撒いて、非常に利発だった。その様子を見ていたショップの女の子は驚き、買ってくれるよう私に懇願した。


聞けば本当に売れ残ったら自分が引き取るつもりだったという。しかし家には既にもう4匹も居て、5匹目というのは、それは相当大変だそうな。利発なミニちゃんに、「オイラにもらって欲しいの?」と聞くと、「うんうん」という。 う~~ん、どうしようか、と少し悩む。そうこうしているうちに、別の客が来て店員さんはそちらへ。それで私は、「ミニちゃんまたね」と、悲しそうな顔をするこの子に心を痛めつつも、そこを離れた。おそらく、あの客が来ず、あのままあと数分、あの可愛い店員さんに迫られていたら、間違いなくお持ち帰りになっていただろう。運命の分かれ道だ。今後ミニちゃんの運命がどうなるか分からないが、幸運を祈る。


世の中の事は運命がいろいろ重なる。ビジネスもそうだが、政治には特にそれが目に付く。些細なきっかけで、誰もが想像しなかった力が働き、時には途方もない悲劇を生んだりする。本当にくだらないチンピラ議員Mが惹き起こしたアメリカの集団ヒステリー赤狩り(レッテル貼りと人格攻撃)。それを彷彿させる情景をこの一年見せ続けられ、私はドイツにでも疎開したい気持ちでいっぱいだったが、今日は、酷いレッテルを貼られていたミニちゃんを、置き去りにしてきた罪滅ぼしに、酒の助けを借りつつ、その事についてふれてみよう。(以下政治の話オンリー。ワンコの話ナシ)
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「ワタチをもらってください」と、こんな感じだった今日の子  悪循環が生んだ間違ったレッテルが可哀想だった



私は政治を注意深く見るようになって、もう40年以上になる。課外授業か何かの発表会の為に、日経・朝日・毎日・中日(東京)・読売・産経など新聞各紙を読み比べ、その違いに驚いた事がきっかけだ。どれが真実なのか興味を持ち、以来自分で考え探るようになった。この40年、新聞をとことん読んだ。新聞には恵まれた環境だったし、昔も今も家の近くに図書館があったおかげで、家にはない新聞だけでなく、様々な媒体に書かれた文献も読むこともできた。当然その中には歴史に関するものが多い。

公的権力を持つということが如何に大きいことか、私は自治会の副会長になった時、身をもって体験した。個人で役所や警察と折衝するのと、その肩書きでするのとでは、大袈裟かもしれないが、天と地ほどの違いがあった。また、一任されたある予算を執行する時などは、多くの業者から、随分謙る態度をされたものだ。一瞬自分が偉くなったような、特別な人間になったような、そんな勘違いをさせられた。たかがこれぐらいの役職でこうなのだから、与党や政府の役職になった者、高級官僚、公益法人へ天下った元官僚などは、もうタイヘンな精神状態だろう。その勘違い振りは、天をも焦がすほどだったかもしれない。




日本では本当の意味での政権交代が今まで無く、ずっと彼らは「偉い人」だったわけだが、初めて本格的な政権交代が起き、これら多くの人たちが権力を失った。「偉い人」から平民になったわけだ。なおも権力を握り続けているお偉い官僚たちも、ボスが、半世紀に及ぶ付き合いでナアナアの、あるいは裏で操つる事もできた自民党から、操れない民主党に代わり、昨日まで何の権力もなかったこの「平民」たちに、謙らなければならない屈辱を味わうことになる。 長年日本を支配してきた現代日本の貴族様たち、じゃなくて特権階級の皆様たち、じゃなくて旧与党グループは、既得権も利権も大幅に失った。 さぞ怒り心頭だろう。彼らから見れば民主党は、親や祖父の代から伝わる自分たちの権力を奪った盗人のようなものだ。カタキも同然。日が経つにつれ、はらわたが煮えくり返る。彼らの民主党への怨み、権力奪還の執念は、我々には想像もできないほど強いのだろう。菅総理への激しいバッシングを見ていると、それが分かる。 日本の国会では、ほとんど見られなかった首相個人への組織的かつ本格的な誹謗中傷、執拗な人格攻撃が、いま国会であふれ返っている。


チンピラヤクザの集団じゃあるまいし、誠に醜いそういう恥知らずな行為を、半世紀にもわたって日本を導いてきた自民党が、言論の府で国権の最高機関である国会で行うとは、何かの伝染病に掛かって狂ったとしか思えない、と長年彼らを支持してきた識者が嘆く。私も同感だ。 自民党は、その権力で、民放各社の独占的利益に貢献してきた。民放各社はその「ありがたい御恩」を忘れていないだろう。ましてやいま民主党政権は風前の灯火状態。彼らの権力を恐れる必要は無いし逆に自民党に媚びておいた方が得策だ。自民党は、そんな民放各社や、自民党万歳の右派新聞・産経や読売など、盟友のマスコミを総動員して、徹底的に菅政権の誹謗中傷を実施した。おかげで発足してまだ1年も経っていない政権に、無能だの最悪だのというレッテルを貼ることに成功した。 善意あるいは性善説を前提につくられている民主主義のシステムが、こういう暴力に対しいかに脆弱か、あらためて見せ付けられた思いだ。


彼らは、国民の大半を洗脳できたと判断したのか。だから国会で国会議員として最もやってはいけないそういう行為を平然とできるのか。「大衆は馬鹿。いくらでも扇動できる。意のままだ。」とドイツのある政治家は嘯いた。当時ドイツは、それぞれが提灯メディアを総動員し、些細な事をほじくりだしては揚げ足を取り、「人災だ失政だ」と吼え、相手政治家を徹底的に人格攻撃するという行為が横行していた。やられたらやり返すでどんどん加熱、呼応するように国民は既存の政治家にどんどん幻滅し、やがて映画や小説に登場するような、かっこいい英雄を渇望するようになった。結局人格攻撃合戦は、大衆扇動に長けた独裁者が登場して相手を虐殺するまで続いた。




歴史は警告している。こういうのは禁断の果実なのだ。自民党は一線を越えてしまった。 ルックスの良さと軍人とは思えない柔らかな物腰もあって、イラク派遣でマスコミに持ち上げられ、一躍自民党の人気議員になった「髭の隊長さん」。先日の予算委員会での彼の質疑は、目をそらしたくなる最近の自民党の低俗な質疑の中でも、特に酷かった。最初から最後まで総理を無能呼ばわりする人格攻撃に終始し、その内容も酷い。冒頭から菅総理は国土を守れない無能者だとレッテルを貼り、明日被災地をお見舞いに来る韓国大統領に対し、明日中に韓国議員が某島を訪問するかどうか問いただし、厳重に抗議しろと迫った。国際儀礼もわきまえず、もしそんなことをすれば、日本がどれほど恥をかき、評価を下げ、国益を損ねるか、この男はそんな常識もないのか。


そもそも他国の国会議員の移動の自由を制約する権利などあるはずがない。「わが国は日本の国会議員の人権は認めない(移動の自由を認めない)、パレスチナ政府が認めようが訪問する事は許さない」、などと友好親善のためにイスラエルを訪問した日本の元首に対しイスラエルがそう迫るのとほとんど変わらない。 まさかと思うが元隊長議員のせいで政府は韓国大統領にそう迫ったのだろうか? 韓国大統領は民主主義の国の大統領だから、議員の旅行の自由を奪えない。もし日本からそう迫れらたのなら、友好親善のために日本を訪れたのに、「厳重に」領土問題を言われ、抗議され、「議員の自由を奪え」と非民主的な要求までされ、さぞ困惑した事だろう。だが菅総理に対する韓国側の表情を見ると、極めて友好的だった。総理は極右議員の脅しに屈することなく、大人の対応を取ったのだろう。(追記・25日の報道によれば、それに腹を立てた自民党議員が、説明に来た事務方に、罵声を浴びせコップの水をかける等の暴力を振るったという)




質疑の話に戻す。元隊長の暴走はさらに続いた。彼は、まだ科学的検証も終わっていない、すなわち事実関係もはっきりしていない現在進行形の事故であるにもかかわらず、総理の対応について勝手に結論を作り上げ、後出しジャンケン的な卑劣な手口で、こうすれば防げたはずだと強弁し、総理の対応は大失敗だったと宣伝。「無能な総理のせいで起きた人災だ!」と大声でわめき、さらには、この原発災害の原因は総理のパフォーマンスすなわち総理の私利私欲のせいだと、総理の人格を貶める印象操作を、繰り返し連呼した。繰り返し連呼が大衆洗脳に一番効果的と知っての事だろう。党内で訓練されたのか、ここまでは他の自民党議員と同じだったが、この議員、そんな事を言っておきながら、実はこの原発事故の、基本的な事柄すら分かっていなかった。菅総理から、2号機は大爆発していない、建屋も残っていると指摘されると、場内が失笑モードに。


大恥をかいた元隊長議員はプッツン。怒り心頭になった。事実関係の確認を求められ総理に説明をしていた事務方に向かって突然、やめろ!と逆上し、「事務方は出て行けー!」と狂ったような大声を張り上げ、年配の事務方を怒鳴りつけた。ちなみに彼の所属している自民党は、大臣への耳打ち助言どころか、事務方に、大臣に代わって答弁までさせている。それも少しではない。政府側答弁の大半が事務方だ。だが彼にはそんなことは関係なかった。自分が質問する時は許せないのだ。事務方はすっかり怯え、明らかに先程より総理に非協力的になった。彼の声が轟いている間は、動かなくなってしまった。 やはり極右の元軍人(自衛隊は事実上の軍隊)は恐ろしい。恐ろしいだけではなく彼は狡猾さも併せ持っていた。「出て行け!」の前に、「総理に私の質問が届かないじゃないか!」と巧妙な言い訳をつけることも忘れていなかった。凶暴で狡猾。最悪だ。まるでドイツのあれだな。




彼の愚かさはまだ続く。彼の言に従えば、避難地域は無限に広がる。「総理が愚かなせいで避難が遅れ、○○村の人たちは被ばくしてしまった!どうしてくれるんだ!」と涙も流さんばかりにわめく。名指しされた村人達は、自分らが癌にならないか今頃戦々恐々だろう。今後村人が癌になれば皆そのせいだと思うはずだ。これでは訴訟と賠償の嵐だ。差別も心配だ。他で起きたような差別が発生しない事を祈る、などと思っていたら何のことはない。現実には政府の避難指示に対し、実はいまだに半分ぐらいしか応じていないという。総理がもっと早く避難指示を出していれば~という元隊長の能書きは、根本から間違っていたわけだ。やれやれである。


元隊長のようなマッチポンプにも踊らされない住民は、冷静であっぱれというべきだが、放射能が流れ続けている現状では、政府の指示には従うべきだろう。皆さん念のため速やかに避難を。 事態が一刻も早く収束する事を願う。千年に一度という大津波。原発も絡み、政府や関係機関は、大混乱の中、必死にこの過酷な運命と戦った。しかし、彼らは労われる事はなかった。この歴史的惨事を利用して権力を得ようとする勢力に、後出しジャンケンで細部をあげつらわれ、「こうしていればよかったのに!」と大声でののしられ続けている。こういう心無い連中の為に、政治的禁断の果実・熾烈な人格攻撃の嵐が沸き起こってしまった今の日本の国会だが、幸い菅総理が自制心を保ち、やり返していないのが救いだ。


まだ一年も経っていない政権だが、打ち出す目標は注目に値するものが多い。太陽光の高い目標、エネルギー多角化政策、送電線分離、ハーグ協定、ともに大賛成だ。浜岡停止は画期的に素晴らしい英断だった。これらは自民党にはできなかったことだ。 私は、菅総理を支持する。 崇高な議論の場である国権の最高機関・国会で、大声で人様をののしり人格攻撃を連呼し(今そんな事をしている時?この非常時に)、時には「出て行けー」と事務方を怒鳴ることまでする邪悪な連中に、国を任す事など、歴史を学んできた私には到底できない。ちなみにミズタニケンセツから多額の金をせしめていた闇将軍(とその子分たち)も、到底支持できない。昔自民党が「悪魔と組んででも」と彼と組んで政権を奪還したが、その再現はごめんこうむりたい。


時には惑わされる事もあるが、高等教育を受けてきている我々今の国民は、大人だ。戦前とは違う。 自民党も、罵詈雑言のコメンテーターや記者たちも、国民をあまり甘く見るなといいたい。


最後に、私は、宮沢さんが大好きだった。昔の自民党は、尊敬する人がたくさんいたのに、残念だ。

第49話 騒音はやめて~

2011年05月18日 20:19

騒音訓練、俗にいうラジオトレーニングというやつだが、子犬のとき、うるさい環境で育てると静かな犬になり、逆に静かな環境で育てると、うるさい犬になるという。本当だろうか? 私は、イシュの時に、その訓練の必要性を痛感した。しかし時すでに遅しで、大きくなってから訓練しても、多少は良くなったが、あまり効果はなかった。カミナリはもちろん、夏になると近所の子供たちが鳴らす花火にも、敏感に反応し、それら騒音を怖がり、キュンキュンキュンキュン泣き続けた。その泣き声がうるさいし、怖がって可哀想だから、頼むから花火をやめてくれ、と祈ったが、深夜まで近くの堤防等で花火をする連中も多く、何度も110番通報をした。


話はそれるが、深夜に花火をするような者は、社会の平穏を脅かす犯罪者というべきで、公権力の行使は当然と考える。住民はただちに通報すべきだ。私が自治会副会長をやっていた時に、住民を代表して警察と様々な話をしたが、対暴走族やこういう迷惑族の摘発に、警察は非常に協力的だった。悩んでいる方は、すぐに警察に相談した方がよい(自治会を通した方が効果的かも)。 話を戻して、もちろん暴走族の爆音も、イシュは大の苦手だった。こういう騒音は、都会に住む者には、避けて通れないことだろう。騒音訓練、ラジオトレーニングは、都会に住むワンちゃんには、必須だと思う。


そういうイシュの経験から、チビッ子には、小さい時に様々な試みを行った。真面目な話、暴走族を求めて、チビッ子を助手席に乗せて町をさ迷ったりした。しかしこういう時に限ってなかなか現れない。結局対暴走族騒音訓練はできなかった。花火も、チビッ子がうちへ来たときは、そういう季節ではなかったので、経験できなかった。昔、イシュの時に読んだある本に、爆竹を使え~みたいな事が書いてあったので、どうしようか迷ったが、ご近所の手前もあり、結局これも試せなかった。


つまりチビッ子は、騒音訓練がほとんどやれなかったわけだが、第17話で記したように騒音に非常に強かった。カミナリも平気なら花火も平気、暴走族の爆音も全く平気だった。これはいったいどういう事なのだろう?


もちろん生まれ持った資質・特性の違いがあろう。それはとりあえず横へおき、環境だけを考えてみる。原因は2つ考えられる。ひとつは、ダイナミックレンジの違いだ。家の中の音の強弱、デシベルの最小値と最大値の違いのことだが、一人暮らしだと、私がしゃべらなければ家の中は無音になる。聞こえるのはパソコンや冷蔵庫の冷却ファンの音ぐらいだ。家族がいる普通の家とは、比べ物にならないほど静かなはずだ。だから同じ大きさの音でも、相対的にずんと大きな音になる。私が弾くピアノやヴァイオリンの音に、爆竹並の効果があったかもしれない。


もうひとつは、静かとは真逆だが、絶対的な音量も、かなり大きかった事だ。ピアノやヴァイオリンは、フルパワーで弾くと、相当な音量になる。地下鉄の騒音並みと言われるほどだ。幸いうちは、窓をしっかり締め切り、音が外に漏れないようにすれば、広い庭もあるので、常識的な時間なら外に迷惑をかける事はほとんどない(お隣で気にしている家は皆無だった)。しかし家の中の同居人はたまったものではない。同居人がいると、音は自由にならないのだ。元妻はその点理想的な人で、オーディオを聞くとき等、とても協力的だったが、それでも自由ではなかった。たとえば、たとえ山奥の山荘でも、彼女が寝ている深夜に、大音量を鳴らすような事は、当然できないし、しなかった。それが一人暮らしでは、いつでも、自由に鳴らせるのだ。


つまりチビッ子は、普通の家よりもはるかに静かな、ダイナミックレンジの広い家で、にもかかわらず、窓を閉め切った状態でフルパワーのピアノ演奏やヴァイオリン演奏を目の前で頻繁にやられるという、野蛮な爆竹訓練も真っ青の、過酷な騒音訓練を受けていたということになる・・・。 どうりで騒音に強かったわけだ。 あはは、ごめんねチューちゃん。

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私の演奏に聞き入るチビッ子?
実は虐待的過激騒音訓練だった? ・・・まあ結果オーライさ! ^^;
静かな曲も多かったしー!

静かなヴァイオリン曲。名ヴァイオリニストの作曲家ヴィオッティの、 祈りの瞑想



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第48話 心の病による病死

2011年05月13日 02:03

今朝非常に悲しい報道があった。タレントの上原美優さんの訃報だ。24歳になったばかりの可愛らしい女の子。ご存知の方も多いだろう、貧乏大家族出身という飾ったところがないキャラクターの、母親思いの、とても親近感が持てる、私がもっとも好きな芸能人の一人だった。 ・・・ファンの一人として、実はこういう事態を心配していた。感受性が強く、芸能界でいじり回されるほどタフな神経はなく、にもかかわらずそういう扱いを受けることが多かった子だ。表情を見ていて、直感的に嫌な予感がした。今日の報道によれば彼女は、「(昨年亡くなった)お母さんの所へ行きたい・・芸能界はもう嫌・・やりたくない」と言っていたという。ああやはりそうだったのか、と私は思った。


テレビでもてはやされるセレブキャラとは真逆だった上原美優さん。VIPを気取る連中が多い業界人の間で彼女は、「ドン引き」され、「育ち」を見下されることが多かった。王様気取りの視聴者も、そういう人が多かっただろう。今でも思い出すと嫌な気分にさせられるが、ある番組で、セレブのお坊ちゃまお嬢様の集いに、プロデューサーの見え透いた意図で、生贄のように貧乏キャラの彼女が引き出され、上流社会の作法に疎い彼女に恥をかかせ、皆で嘲笑う露骨な企画があった。 ・・・彼女は動物ではない。同じ人間だ。ああいう扱いを受け、大勢の前で晒し者にされ、楽しかったはずがない。しかし彼女は、最後まで人間としての誇りを捨てず、毅然とした態度を取った。この陰湿なイジメ、ハラスメントに負けなかった。そんな彼女に、私は非常に感銘を受けた。その前から、たまたま見た彼女の過去のドキュメント番組で好きになって以来、いつも彼女を注目していたが、ここで私は、彼女に、ある確信を持った。後日その事が見事に裏付けられた。


あるとき彼女は、諸々の問題のせいで日本で某民族へのバッシング(あるいは嫌悪)が顕著だった頃、ある人気テレビ番組(ニュース解説番組)で、それは差別だと言い、「どうして日本人は○○人を差別するんですか?」と緊張した表情で解説者に尋ねた。調子に乗って口を滑らせていたこの解説者が、その言葉に、我に返って青くなった事を覚えている。この時私は、ああ日本にもこんな勇気のある若者がいるのだ、と感動し、一瞬目頭が熱くなった。彼女を誇らしく思った。 ・・・あの時あの状況であんな発言をする事は、並大抵ではない相当な勇気が要るはず。考えが違う他の出演者らが、こぞって露骨に表情を曇らせた事を覚えている。それでなくともブレークした彼女への嫉妬心から、「貧乏を売りにして~」等と、あることないこと言われつづけて来た時期に、さらにこれが重なり、一時相当なバッシングになった。連中の心無い言葉の数々が、彼女を深く傷つけた事は間違いないだろう。


そんな彼女の心の支えだった最愛の母親が昨年他界する。 この一年、さぞつらかったことだろう・・・


ブレークが終わりメジャーな仕事を失いつつも、歯を食いしばり、「東京に負けないぞ~」と、孤独と戦いながら必死に仕事をこなしてきた彼女だが、私は、最近発表された写真を見て驚いた。ヤフー画面にたびたび広告が出てくる彼女の一連の写真だ。あれはセクハラといってよい仕事内容だ。いやセクハラ以外の何物でもない。彼女はいわゆるAV女優ではない。AVが仕事のAVのプロ達ならああいうAVポーズもなんなくこなすだろう。しかし彼女は、かりにも昨年まで全国的にブレークしていた著名な芸能人なのだ。事務所は一体いつまであんな仕事をさせるつもりだったのだ。確かに彼女はそういう路線から出発した。昔は右も左もわからない言いなりの新人だった。しかし、本当に悔しくて仕方がないのだが、今あんな仕事はなかろう。私は痛々しくて見ていられなかった。彼女には26歳の恋人がいたそうだが、もし彼が普通の男の子なら、あれを見たら相当ショックなはずだ。彼女には「来年までに」という強い結婚願望があったようだが、彼氏の両親は、「あんな仕事をする女と息子が結婚?」と思ったかもしれない。彼女の願望は・・生きるのが辛いほどの結末に?・・・いずれにせよ自叙伝に書かれた過去の事も合わせて考えると、彼女は、欝病になっても不思議でない過酷な状況だったと思われる。


欝等は、脳科学的にもはっきり症状が見える脳の病だ。もし彼女がそうならば、彼女は「病死」というべきだろう。テレビを見ていると、死者に鞭打つような発言をする人が何人か居た。「人の迷惑も考えず安易に自殺して~」と軽蔑する人がいるようだ。そういう考えの人に私は言いたい。おそらく、いやほぼ間違いなく、精神科医によるメンタルケアがあれば、彼女の命は救われていたはずだと。 これは欧米では広く普及しているケア、医療だが、日本では「精神病?」というレッテルを貼られ差別されることを恐れ、あまり普及が進んでいない。実際堂々と「私は精神科に通っています~」等と言う芸能人をみたことがない。彼女は、そういう風土、医療制度の不備の犠牲者だったといえまいか。若くして前述のような様々な試練に立ち向かい、道半ばで力尽きたが、最後まで死ぬほど頑張ってきた人、といえないだろうか? 弱い体に鞭打ち、一生懸命頑張り、働き過ぎた末の、「過労死」が実態ではなかろうか、などと私は思う。


事務所が、彼女のメンタルケアに気が行き届かなかった事が悔やまれる。おそらく、彼女をAVデビューさせて一儲けする事で頭がいっぱいで、とてもそんな事まで考える余裕はなかったのだろう。 



上原美優さん(本名藤崎睦美さん)の、ご冥福をお祈りします。
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屈託のない彼女の笑顔がしのばれる。


サルヴェのメーターミザリコーディアエ



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