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第40話 絵の報酬

2011年04月19日 19:32

私は芸術を職業にした事は無い。作曲や作画で食べられればうれしいが、それをお金にするのは難しく、せいぜい「あらステキ」と褒められるのが関の山だ。歴史をみても、今では大作曲家とか画家の巨匠といわれる人々のほとんどが、死後に評価されている。私も画廊のおじさんに、「あなたが死んだら(私の絵に)特大の価値が出るかも!」と冗談を言われた事がある。また、ある時、前に曲をプレゼントした事がある友人のアーティストに、「前にあげたあれ、いらないなら楽譜を返して」と言ったところ、「あら、あれはもう私の物よ!」と拒否された。あれ?曲を評価してくれていたんだ、と思い、うれしくなったことを思い出す。結局そのまま贈呈した。


しかしまあ、どうせお金にならないのなら、私が死んでから価値が出ようがゴミになろうが私には知りようがなく関係ないから、手元に取っておくべきだったと思う。特に絵画の場合。実物は、たったひとつしかないのだ。生き別れになった子供を思うような気持ちだ。ちなみに楽譜は、作者の私には特に価値はない。ところで、楽譜作成ソフトって、どうしてこう融通が利かないのか?本当にストレスになる。とにかく手書きなら数秒で出来る事が、何ともはや、壁の連続だ。そうこうしているうちに、音楽を忘れてしまう。基本的に私の表現が、こうして欲しいと求めるルールが、このソフトでは対応できないのか・・・。代表的なソフトで5万円ぐらいのFといえばわかるだろう。音も悪すぎる。何年も使っているがいっこうに改善されない。


山荘の近くに、いくつか親しいペンションやホテルがある。もう20年近い付き合いだ。その中のひとりに、芸術に造詣が深く、ある芸術分野では日本でも指折りの作者でもあり、美味しいフランス料理を出してくれる、雰囲気のあるペンションのオーナーが居る。奥さんとも大の仲良しだ。私が独身になってからは、何かと親切にしてもらっているので、御礼に一枚小さな絵を描いた。大変喜んでくれて、その御礼にと、私が一人で来店した時に限り、ディナー永久無料という報酬をくれた。うーん、素晴らしい報酬だ。これは、多分もっと遊びに来てという意味もあると思う。でもそうされると、意外と行きにくい。結局ご近所の別荘族を誘って行く事にした。ペンションへ行くと、大切に飾ってあった。聞けば、わざわざリビングルームを模様替えしたという。この絵を飾るために! 


私は自分の子供のような作品に向かって、良かったね、とつぶやいた。しかし実は最近、この絵を取り返したくて仕方がない。この絵には、片隅に小さく、ちびっ子たちが描かれているのだ。ちびっ子を抱きながら描いた思い出の絵、あの時の様子が、抱きしめていた感触が、脳裏によみがえる。「チューちゃん邪魔、じっとして~」などと言いながら描いた・・・。そういえば友人のヴァイオリニストを描き贈呈した絵もいい絵だった。別に彼女に対してどうこうはない。ただあの絵が懐かしい。彼女をというよりも、 ・・・ アベマリアを聞きながら、それまでいろいろあった悲しみと別れに思いを巡らせ描いたあの絵には、私には、深い、宗教的な思い入れがある。私には、一種のマリア像なのだ。

その絵を描きながら聞いた、シューベルトのアベマリア

やはり、自分の魂を込めた作品を、安易に人にあげるもんじゃないなと思う。ましてや二束三文で売り飛ばすなんて論外だ。里親として大切にしてくれる人にもらってもらう、それが作者の夢といえるだろう。


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メルヘンチックに描いてみた

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どう?チューちゃん

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「うん、なかなかいいよパパ」と、ちびっ子。 胴の腫瘍が膨らんでいる・・・

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右下にイシュとちびっ子。私とちびっ子ともいえる。

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飾られている様子


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マリア様のイメージで描いた微笑み




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第39話 作られたブレイク

2011年04月18日 12:56

私は、音楽に、音楽以外のものを持ち込まれる事が、大嫌いである。例えば、「若い女性の演奏は軽い」という見下したレッテル。もしそういう傾向が多いのなら、パーセンテージで語るべきである。逆に容姿の可愛さで過剰評価するのも嫌なものだ。ブチャイクな子でも、音楽が素晴らしければ正当に評価すべきだ。見た目の良さを追求したカラヤンのスタイルは、真剣に音楽を聴くとき目をつぶる人には、何の利益も無い。


私がもっとも嫌いなのは、音楽に偏狭な民族主義を持ち込まれることだ。スポーツなら「日本人が勝った勝った」と喜ぶのもいいだろう。私は正直それすら嫌だが。国籍や人種に関係なく、私は頑張った人を称えたい。私が日本人選手を応援するのは、大抵そちらの方が他の選手より、よく知っているからに過ぎない。F1GPの小林選手を熱心に応援しているが、私が好きなのはその仕事ぶりであって、仮に彼が中国人だとしても、私の気持ちは何ら変わらない。


クラシック音楽の評価で、どうにも我慢できないのは、やたらめったら日本人を称賛することだ。いわく「聞いた事が無いような素晴らしさ!」などと思わせる絶賛の嵐。そういう評価を信じてCDを買うと、大抵がっかりさせられる。人物ではなく、「日本人」を応援したいという気持ち。島国気質。こういう人たちは、それが良い事だと思っているのだろうか? これは、ある人の評価が140点、別の人は135点、でも140点の人は外人で135点の人は日本人だからこちらを評価しよう~、そうだそうだ日本人を応援するのが当然だ~、というのと同じである。応援しているようで、実は劣化させている事に気付けと言いたい。


元妻からメールが来た。休みを利用して、ドイツの由緒あるマンハイム宮殿・騎士の間で行なわれたフジ子・へミングさんのピアノリサイタルに行ったそうだ。写真を見て異様な感じがしないだろうか。観客のほとんどが日本人だ。元妻の話によれば、現地の人は2割ぐらいだったそうな。これも尊い愛国心の賜物だろう。どういう状態か逆にすれば分かりやすい。例えば、日本では無名だが中国では伝説的な世界の巨匠!とされている中国人奏者のコンサートが、日本の由緒ある皇室かなにかの宮殿で行われ、さすが!中国の誇り!としたとする。でも観客のほとんどが中国人だった・・・そういう状態だ。海外にまで「日本万歳」をやりに行く必要があるのだろうか? 現地の人々は、この日本人の大集団を見て、どう思ったのだろう。
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フジ子さんについて、NHKの番組から大ブームになったので、ご存知の方も多いだろう。番組を見た私もファンの一人だ。しかし、今も続くこのブームは、いささか異様と言わざるをえない。フジ子さんは別の国の国籍を取っているが、番組以来「世界を感動させた日本人!」という英雄伝説となり、「日本人の誇り」となっている。発売された「奇蹟のカンパネラ」という名のCDは、空前の売り上げを記録し、多くの日本人がその「奇蹟のように素晴らしい」という演奏の、難曲カンパネラを聞いて大感動したそうな。


ここにふたつの演奏を用意した。ひとつは私がカンパネラのベストと思うもの。偶然だが同じ日本人ハーフで、普通に日本語を話す日本の女の子(国籍はドイツ)。NHKの語学番組でお馴染みのアシスタントだった子とか。これほどの正真正銘の世界的ピアニストを、そんな事に使っていたとは驚きだ。まだ20代前半だが、非常に素晴らしい。圧倒的といえるそのエネルギーに、この難曲の魅力が完全に引き出されている。フジ子さんには申し訳ないがダイジェスト版を。聞き比べてどうだろう。まあ好き好きでしょうが。


世界一美しいピアニストと評判のAlice Sara Ott(紗良・オット)さん そんな形容詞を忘れさせる腕前


もちろんフジ子さんは名ピアニストだ。良い演奏がたくさんある。


日本のインタビューで沙良さんは、誇らしげに「私はドイツ人です」と、きっぱり言っていた。彼女は向こうではたいしたスターのようで、世界的なピアニストとして敬意を持って迎えられている。前回の朴葵姫さんもそうだが、本物の人材は、日本を選ばず欧州へ行ってしまう事が多い。非常に優秀だった私の友人のヴァイオリニストも、欧州での生活を選んだ。日本に残っている人たちをカス呼ばわりするつもりは毛頭ないが、なぜ向こうからは逆に、桁外れの巨大市場として羨望のまなざしを向けられているこの日本※なのに、こういう人材が流出するのか、あるいは選ばれないのか、ナンデモカンデモ日本万歳主義の島国根性の人たちは考えるべきだろう。外国人を見下し、「○○人は~」などと差別用語を口にする連中など論外である。ネットを見るとこういう連中があまりに多く、また主用メディアの一部にも、そういう表現が見られることに私は強い危機感を持つ。 ※ 例えば、今欧州で大人気のバンド「TOKIO HOTEL(東京ホテル)」の名前の由来は、東京に進出できるほど成功するのが目標だったからだそうな。(NHK『テレビでドイツ語』より)


・・・ そうだ、私もドイツへ行こうかな。元妻のコネもあるし、ドーベルマンがいっぱい居るし~。日本よりずっと物価が安いそうだから、60歳になれば、年金で悠々自適のドイツライフが楽しめるぞ。



いろいろな要素が重なって出来る「ブレイク」に惑わされないようにしたいものだ。今ならさしずめcan叩きブームがそれか。
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ワタチは惑わされないよ と、ちびっ子  (今回は出番ナシ)





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第38話 見直し

2011年04月15日 19:40

今朝NHKBSの「クラシック倶楽部」で放送された、朴葵姫(パク・キュヒ)さんのギターリサイタル、これは間違いなく今年私の聞いた名演奏ベスト10に入る。なんともいえない美しい音楽性、これほど滑らかなギター演奏は聞いた事が無い。ここにアップした演奏も素晴らしいが、それよりもはるかに素晴らしかった。


昨夜オーディオのスイッチを切り忘れ、今朝6時にその演奏が大音量で流れ出し目が覚めた。2階から下までスイッチを切りにベットから這い出るのも面倒なので、そのまま放置し聞いていると、「うん?なかなか良い演奏だ」・・・「おお」・・・「おー」・・・「す、素晴らしい!」となり、居ても立っても居られなくなってベットから出、一階まで降りてテレビをつけた。いったいどんな巨匠が弾いているのだろう、あれほどのテクニックを、信じられない滑らかさで美しく弾いているのは誰?と、わくわくしながら映像を見た。 ・・・ ぶったまげた。そこにはなんと、ギターを抱えたおかっぱ頭?の、可愛らしい少女が居たのだ。


どう見ても高校生ぐらいにしか見えなかった。あとで調べたら20代ということが分かったが、その時は神童かと思った。あの素晴らしい1曲目と2曲目は、彼女が編曲した曲だという。作曲の才能もたいしたものだ。 個人的には、いくつかの名曲を除き、クラシックギターはあまり好きではない。私の耳には、バンバンバンバン乱暴に響き、生で楽しむのは、フラメンコを見る時ぐらいだ。しかし今回の彼女の演奏を聞いて、見直した。ギターが、あれほど美しい調べを奏でるとは思わなかった。早速You tubeで色々な演奏を聴き、すっかりクラシックギターファンになった。


あるきっかけで、趣味がころっと変わることはよくあることだ。私は、今ならペットは、ドーベルマン以外に興味は無いが、他のワンコも、いや、他のワンコどころかニャンコでも、飼ってみれば大好きになるかもしれない。最近庭にのさばる凶暴な野良ニャンコたちを見ていると、そうは思えないのだが、連中だって餌をあげて飼ってみれば、懐いて凄い可愛いかも知れない! ・・・ と思ったら、野良猫に餌をあげるのは、町のルールで厳禁だそうな。そうなんだ、知らなかった。ネズミをやっつける正義の味方だと思っていた。ということは、野良猫を見ると吼えて撃退していたチュータたちがオリコウで、野良猫を苛めちゃイケナイと叱っていたパパがアンポンタンだったのか。 ありゃ~、ごめんねチューちゃん。



録音が悪い。手作りPRビデオ? トレモロが素晴らしい。


観客の大きな拍手。今日の放送も観客は非常に感動していた。運が良い観客だ。


今日のプログラム 

                              
「ソナタ ニ短調 K.32」       スカルラッティ作曲
                      パク・キュヒ編曲
                              
「ソナタ イ長調 K.322」      スカルラッティ作曲
                      パク・キュヒ編曲
                              
「ソルの主題による変奏曲」          リョベート作曲
                              
「ソナタ」                 ブローウェル作曲
                              
「椿姫の主題による幻想曲」            タレガ作曲
                              
「森に夢みる」                 バリオス作曲
                              
「アランブラ宮殿の思い出」            タレガ作曲

                              
皆本当に素晴らしかったが、私は特に「森に夢見る」に感動した。


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野良猫をやっつけに行く ちびっ子 この頃は野良猫の方が大きかったので、返り討ちに会わないか心配だった。




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第37話 久々にママからメールが!

2011年04月14日 13:56

久しぶりに元妻からメールが来た。内容は、「F1ドイツGP行くけど、席は最終コーナーと第一コーナーと、どっちがいい?」というもの。長い結婚生活の中、彼女はいつもそうだったが、勝手にどこどこへ行くと決め、同意は求めない。「私が決めたのだから付いていらっしゃい」か、「嫌なら別に来なくていい」だ。私は、およそ10歳年下の彼女をいたわり、そういう状態を認めてきた。彼女が幼かったからだ。 彼女がまだ分別がない若い頃は、それに相当振り回され、大きな痛手を受ける事も多かったが、何かと熟成された後半は、それが的確で当を得ている事が多く、私は大変心地良かった。優れた、頼れる存在になっていた。(試練wを乗り越えた私への神様のご褒美?と思ったぐらいだ)


そんな彼女が「どこどこへ行くけど?」と言えば、私は即座に「ハイハイ!パパも行く!」と答えた。だから、てっきりこのメールも、そうだと思ったが、よく考えてみたら、私は離婚された身だった。今までとは違うのだ。このメールも、よく読むと、私と行くとはどこにも書いていない。「へ?じゃあ誰と?」などと、野暮な事は聞かないのがジェントルマンというものだろう。下品な男にだけはなりたくない。私は次のようなメールを送った。


そりゃ第1コーナーでしょ。
最終コーナーは、シケインとヘアピンを
回り込んだ後の低速地帯、
第一コーナーは、メインストレートを
時速300kmの最高速で突っ込み、バトルする場所。
特に今年からの新ルール、「DRS」の為に、
ここが最高に面白い場所になっている。
DRS(可変ウィング)とは。
http://f1-gate.com/fia/f1_11271.html
元気そうだね。ヨカッタヨカッタ。


まあ心境は複雑だが、孤独な私には、こんなメールでも、
正直うれしかった。


最近、女の子を使ったビジネスを考えている。
イベント関係やらを。
昔少しやって、赤字ですぐにやめたが、
今の情勢ならどうだろう。
「低コスト」で出来るが「需要は無し」か。
でも、女の子と、たくさん知り合えるぞ~てか。(笑)
成功すれば、オジン好きの子が、わんさか寄ってくる。
よし、がんばろう~~
とりあえず5000万円ほど用意してと。 ・・・ うん?
あ、いま5千円しか持ってなかった! 
(チャンチャン) というオチでした。

冗談はともかく、軍資金がないと、何かと不便だね。
まあ、無駄に自己資金を使う危険がなくなるという、良い点もあるが。

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パパがんばれ~と励ます ちびっ子



そんな頑張り屋さんに贈るバッハ。「主よ、人の望みの喜びよ」


どこかの田舎の合唱団だと思うが、オケも含め素晴らしい。



合唱なしも良い。これはギターが入ったポピュラーな軽い演奏だが、なかなか良い。

バッハの作品は、後世の人々が、様々にアレンジしている。 う~ん ・・・ なモノも多いが、G線上のアリアとか、アベマリアのように、珠玉の名曲もいくつかある。また、演奏する楽器によって、全く違う楽しみも与えてくれる。バッハには、そんな奥行きと幅広さがある。私もあやかりたいものだ。




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第36話 乙女の清純な声

2011年04月13日 13:21

16歳の清純な乙女による癒やしの歌、という形容詞がぴったりの演奏だ。前話に登場のOrnella de Lucaさんによる「カーロ・ミオ・ベン」。小中学校の音楽の授業に出てくる曲だから、懐かしい人も多いだろう。 世界中で愛され、声楽をやる人なら、誰でも一度は歌う曲だ。 この演奏も素晴らしい。Ornella de Lucaさんの、澄み切った声が、この曲の良さを、際立たせている。


この曲の意味は、「いとしいひとよ、あなたがいないと、こころがやつれる」というような内容。いまの私には、とても心に響く。本来は、女性に対しての詩なのだが、どう聴くかは聞く人の自由。私は、遠くへ行ってしまった、ちびっ子たちのことを想って聴く。こういうとき、言葉が分からないのが、かえって良い。「いとしい女よー!」と歌われるより、ずっといい。


観客を感動させる16歳とは思えないオーラ 素晴らしい



こちらはトッププロによるスタジオ録音 オーケストラ付き




新しい子を買おうと思えばいつでも買える。幸いここは日本だ。欧米の一部のような、厳格な購入資格審査などない。お金さえ出せば、誰でも自由にワンコでもニャンコでも買えるのだ。一人暮らしの私でも。


しかし、ちびっ子は幸せだったのだろうか。本当に私に飼う資格があったのだろうか? イシュの時は、専業主婦だった妻が居た。その違いは、やはり大きかった。ちびっ子が居た5年余り、私はほとんど働かなかった。働けなかった。遊んで暮らせるほど金持ちではなかったが、ちびっ子を優先した。 里子のサイトを覗いていると、「犬を買ったが、独身会社員なので面倒見切れないからよろしくお願いします」という記述があった。そうだろうなと思う。犬購入の資格審査が厳しい国で「独身者は不可」というのは、やはり、もっともだと思う。


しかし、ペットによる癒やしを、最も必要としている人は、孤独な独身者だということも主張したい。ペットによる癒やし効果、それは、孤独な独身者にとって、圧倒的なのだ。イシュが死んだ直後の私は、死ぬほどつらかった「りゅう爺」や「ロン」との別れ、30年近く頑張ってきた事業の破たん、信頼していた人々の最悪の裏切り、愛する妻からの突然の離婚通達、等々が重なり、今よりも、はるかに過酷な状況だった。しかし第2話で記したように、たまたま来た「ちびっ子」の癒やし効果で、私の心は、非常に救われた。その効果は絶大で、本当に圧倒的だった。あの可愛さが、嫌な事や煩悩を、ほとんど忘れさせてくれたのだ。


もし、あの子が私のもとへ来ていなかったら、過酷なストレスに倒れ、おそらく生きてはいられなかっただろう。

そう考えると、ちびっ子は、神様がつかわした天使だったのかもしれない。そんな気にさせる・・・


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猫?と思ったら、ちびっ子でした。




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