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第15話 ちびっ子ギャング

2011年02月20日 03:31

暗い話が続いたので今回は明るい話。可愛い可愛いちびっ子の話に戻そう。写真をおいおいアップするが、当初は凶暴なチビッコワンコだったのが(今日の写真参照)、初期調教に成功し、すぐに従順でフレンドリーな、理想的なワンコになった。 どういう調教をしたか。 


前に、家族犬はのびのびと、と書いたが、誤解して欲しくないのは、子犬を自由奔放に放置しろと言っているのではない。人間と快適に生活する為の、そのコツを子犬に教えてやるのは、親犬ではなく人間の務めだ。もちろん最初の、親犬や兄弟との十分なコミニケーションが大切なことは当然だが、それだけでは不十分なのだ。


子犬にとって、人間と暮らす上で最低限必要なものは何だろうか。まず人間は、子犬に何を教えるべきなのだろうか。私は、前にも書いたが、馬の調教をする為に、長年馬の習性を研究してきた。そこで得た結論のひとつに、同じ乗馬クラブに居る同じレベルのキャリアの馬でも、馬によって人間への理解度が、大きく異なるという点だ。検証過程を詳細に話すとキリが無いので省略するが、簡単に言えば、乗っていて会話が成り立つ自分の馬と、他の馬とでは、騎乗者にとって、同じ馬でも人間と猿ほどの違いがある、ということだ。子犬を、猿にするか人間にするかは、最初の接し方で大きく変わると思う。



子犬が来たらまず何をやるか。それは人間化だ。難しい作業ではない。人間の子供と同様にかわいがればいい。人間の言葉で声をかけ、人間扱いする。そう、子犬を買った皆さんが普通にやっている事だ。あるいは、生まれた赤ちゃんに、普通にやっている事だ。「可愛いね~可愛いね~」と。 やってはならない事は? それは、小さな子犬に懲罰を加える事だ。殴る蹴るは論外として、怒鳴りつけたり、無視をしたりしてもいけない。犬にとって無視は、厳しい懲罰だ。ましてや子犬にとっては、非常に厳しい懲罰だ。「でも懲罰って、親犬が普段普通にやっていることだよ?」とブリーダーさんに言われそうだが、野生の犬にしたいのなら、そうすればいい。


そう考えると、人間化作業は意外と難しい。夕飯の支度で子犬を放置するのも、無視の懲罰になりかねない。さっきまであんなに可愛がってくれていたのに、どうして急に無視するの?と子犬は、自分がなぜ突然そんなむごい「懲罰」を受けるのか理解できないだろう。最悪なのは、子犬が来た翌日等に、家族全員が仕事や学校で居なくなり、家に取り残される事だ。だから私は言いたい。子犬を迎える時の日程調整を。必ず誰か一人は、子犬の側に居られる日にしよう。少なくとも家に来た最初の数日間は。(多頭飼いは、その点かなり有利だ。そういう予期せぬ懲罰が発生しにくい。子犬の精神衛生上とても良い。反面そのままでは、犬らしい犬になり、「人間化」の障害になる)



子犬を迎えた最初の数日間は、とにかく犬とたわむれる。声をいっぱいかけ、思いっきり可愛がる。優しく声をかけながら、ベタベタ触れる。ソフトなタッチで、体のあらゆる場所を。もちろん子犬が気持ち良くなるよう細心の注意をはらいながら。


そうやって、スキンシップに慣れさせ、言葉をどんどん覚えさせ、人間に慣らす。人間は怖くない、人間は優しい、と思わせ、さらには、人間と一緒に居るのが楽しい! 僕も仲間だ、人間だ!と思わせる。これを成功させないと、今後調教で必要な、「無視の懲罰」の威力が半減する。もしくは使えなくなり、やがて、怒鳴る殴る蹴る等の懲罰が、飼い主に発生するようになる。

調教方針の中には、「のびのびとした性格にするため子犬の時は他の犬と遊ばせるなどして、自由にする」等と、生後6ヶ月位までは放置するやり方もあるようだが、私が言うところの「人間化」という作業と、犬に「芸」を教え込む調教とは、混同されやすいが実は別物なのだ。人間化は、調教やしつけ以前の、犬のメンタル面の葛藤、すなわち犬を人間界に適合させる為の葛藤の、予防的ケアをしてあげるという、いわゆる「調教」とは別物の、100%子犬の福祉を考えたメンタルケア作業なのだ。家族犬は、生涯人間と一緒に暮らすわけだから、「人間化」は絶対必要だ、始めるのは早ければ早いほどいい。母犬に任せるだけでなく、生後一ヶ月頃から、どんどん話しかける方がいいと私は思う。(続く)

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「おっさん起きろ~」と朝の雄たけび

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「早く出せ」という顔

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「あ~、やっと出れた」と、のびのび

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「生意気な奴」と、ちょっとイタズラ

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怒って私をにらみつけるちびっ子

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がぶー!と私の足を噛むちびっ子!

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「がおー!よくもやったなちびっ子!」 「なにおっさん?やる気!」 ~続く!^^




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第14話 私の命を救った医師

2011年02月18日 02:43

前回前々回で、医療現場の暗部を示す事例を示したが、医療不安を煽るつもりは毛頭ない。当事者の証言という厳然たる証拠をもとに、特定の事実を公表したに過ぎない。何ら思想的思惑はない事をお断りする。しかし、このままでは如何にもバランスが悪いので、逆の事例も示したい。他ならぬ私自身の命を救った名医の話だ。


あれは今から30年以上前の、私が18歳の時だった。3月のある日、その日は、それまでの寒さが嘘のような、よく晴れたとても暖かい日で、友人達と前々から計画していた小旅行を、まるで祝福してくれているような、美しい日だった。18歳にとって、3月のこの小旅行は、開放感あふれ、すべてが輝いて見える、幸福に満ちた一日になるはずだった。


この日私は、交通事故にあい、瀕死の重症を負った。


何日も意識不明の重体だった。全身打撲で、脳内出血もあった。助かる見込みは、当時の医療技術では、ほとんど無かったそうだ。運び込まれた病院は、旅先の救急病院だ。田舎の公立病院だが、しかし当地には、日本を代表する大企業の工場群があり、かなり裕福な自治体だったようだ。田舎の病院にしては、施設や設備は、先進的だったと思われる。スタッフも、優秀な人材がそろっていたのかもしれない。


残念ながら、その病院の記憶はほとんど無い。私の記憶は、転院した地元の大病院の事ばかりだ。しかしその病院で、付きっきりの介護をしてくれていた母から、後日多くの話を聞いた。また、別のルートからも、その病院の話を聞いた。転院先の、お世話になった医師や看護師には、今でも私は、とても好意を持っているが、一度年配の看護婦から、厳しくたしなめられた事がある。安静の指示を無視して、ぶらぶら出歩いて同年代のナースをナンパしたりしていて、体調をひどく悪化させた時だ。その時に言われた言葉は、衝撃的だった。「奇跡の命なのに・・・」と。



その時私は、前の病院の医師や看護婦が、どれほど大変な医療をやり遂げたか、初めて知った。後日母から聞いた話とも一致している。母は今でも、彼らを褒め称える。不眠不休の母を親身に支えてくれた看護婦たちや、難しい治療を成し遂げた先生を。


家からその病院はかなり遠いが、母は数回お礼に行っている。戦友のような親近感があったようで、再会を楽しみにしていた。一度「お前も来るか?」と聞かれた事がある。可愛い看護婦の記憶が微かにあったので、ぜひ行きたかったが、どうしても都合が付かず残念ながら行けなかった。その「奇跡の技」を持つ医師は、数年後には、もう居なかった。微かに覚えているのは、励まされたこと。看護婦からも「先生を信じて。必ず良くなりますから」というような事を言われた記憶がある。看護婦から、この医師への絶対的信頼感を感じ取った事を覚えている。


転院する時、私は寝たままだったが、その医師と看護婦さんたちが、玄関外まで、見送ってくれた事を覚えている。まぶしい光の中、達成感にあふれた、にこやかな笑顔で。



・・・彼らは、地方の無名の人たちだが、志も技術も、当時の日本のトップクラスをいく、夢のようなドリームチームだったのかもしれない。彼らを称えた転院先の医師らの話からも、それがうかがえる。この先生から、「10年間後遺症が出なければ大丈夫」と言われた。30年経っても後遺症が出ないので、もう大丈夫だろう。あの事故以来の私の人生は、尊い医療の賜物だ。彼らの不断の努力に、心から敬意を表したい。母を説得し、兄を救った医師の勇気も素晴らしい。考えてみれば、自分の出世をかけての行動だ。当然の正義の行動だとしても、果たしてどれだけの人間が、そういう行動を取れただろうか。


どの社会にも、愚かな行為や悪は存在する。賢者でも、時にはとんでもない失敗をする。それが人間だ。だから私は、愚かな失敗や悪をした医師でも、憎もうとは思わない。「罪を憎んで人は憎まず」という諺は、実は現実的なのだ。犯人を憎んでいるだけでは、システマチックに、あるいは科学的に、それらを減らす事は出来ない。そう思って、はらわたが煮えくり返る思いを抑え、イシュや兄をあんな目に合わせた者たちを、私は許した。・・・いや、忘れることにした。


だが、どうしても許せない者がひとり居る。ウマシカ獣医の言うことを真に受け、二代目チューちゃんを死なせてしまった、どうしようもないアホ、私だ。・・・

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いつも人間的で優しい表情だったイシュ。

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近所の子と遊ぶイシュ。おとなしいイシュは、どこでも人気者だった。

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ソファでは寝なかった礼儀正しいイシュ。ちびっ子とは正反対。




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第13話 運命の分かれ道

2011年02月16日 02:27

手術をするかどうか、判断は難しい。イシュが死んだ数年後、私の上の兄が、胃癌の手術を受けたが、イシュ同様、悲惨な結果に終わった。主治医の雰囲気が、調子の良さが、あの獣医ととてもよく似ていたので、強い不安を感じた事を、はっきり覚えている。兄は、手術後、数ヶ月で亡くなった。人としての尊厳が与えられない、苦しみぬいた、悲惨な数ヶ月だった。兄は、あの若い先生の実験材料?おもちゃ? 一番私の心をえぐったのは、兄の遺体が置かれた手術室側の静かなスペースに、軽快な音楽と、さすがに遠慮がちだが、あの医師と看護婦の楽しげな笑い声が響いていた事だ。


彼らにとっては日常茶飯事で、兄の遺体は、三枚におろした魚のような物なのだろう。あの医師は、胃全摘が終わった後になって、「リンパに転移していまして、もう・・・」と言う。耳を疑うような言葉だった。手術前の話とは全く違う。初期癌ではなかったのか。ならなぜ全摘などしたのだ。ふくよかだった兄は、あっという間に体重が激減し、意識も朦朧とした。抗癌剤投与は、非常に高度な専門知識が必要なはずだが、驚いた事に、その分野では素人同然の、外科医が処方しているという。田舎では評判の、立派で大きな病院だったが、こんな水準なのか。病院も医師も、摘出の回数が重要で、何回やったかの実績の数字が、ステータスを決めるという。兄はまさに、まな板の鯉だったのか。残された命は、彼らの為に、充分に活用されたようだ。


私の下の兄は、子供の頃、あやうく誤診?で命を落とすところだった。今から数十年前のある日、名医と評判の、近所の開業医の大先生が、兄を診察後、母に、「この子はナントカカントカという病気に間違いない。今すぐにでも手術をして、あれやらこれやら摘出しなければ、この子の命が・・・」、と告げた。気絶寸前の母に対し病院は、手術日を勝手に決め、手続きを慌しく進めた。しかし母は、気丈にも、独断で、当時としては珍しいセカンドオピニオンを実行した。そして、診察した別の病院の、ある若い医師は、「健康そのものですよ?」と母に告げる。


ある病院でこう言われました、と母が話すと、その先生は、「まさか。悪い冗談でしょ。全く健康です。手術はキャンセルし、とりあえず一週間待ってみなさい。そうすれば分かりますから」と断言した。真実はそのとおりだった。これは、私が昔、何かの時に、「あの病院は名医らしいね」と母に聞いたところ、人様の悪口などめったに言わない物静かな母が、血相を変えて私に話してくれた体験談だ。


この話には、人為的に「名医」を作るテクニックが、垣間見える。あの大先生は、宣伝の為なら、子供の体を少々切り刻む事など平気だったのかもしれない。おそらく、手術後に、「良かったですね~あと一日手術が遅れていたら、危なかったですよ~」、「先生ありがとうございます、先生は命の恩人です、ご恩は一生忘れません」などという会話が、なされていたのだろう。


2代目チューちゃんの主治医は、名医と呼ばれていた。近所のペットシュップの女子店員さんに紹介してもらった。話を聞くと、そこの元スタッフだと言う。今から思えば、なぜ辞めたの?と聞くべきだった。2代目チューちゃんの悲劇、必要な手術を躊躇、もしくはサボタージュした、最悪の結末について、後日詳しく話したい。

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イシュ最後の夏。霧の山荘周辺

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朝起こしに来るイシュ

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大きな図体で甘えるイシュ

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深い森の中を歩く妻とイシュ




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第12話 二ヶ月

2011年02月14日 02:03

私は、人様を罵倒するのは恥ずべき行為だと考える。生真面目な両親から、そう教育された。だから、罵倒の誘惑を抑え、事実関係だけを、写真を添えて簡潔に記したい。


イシュの乳の腫瘍は、確かにその頃多少大きくはなっていたが、10年ほど前から有った物で、今更どうこうする類の物ではなかった。元気にサッカーをしている写真は、手術直前の写真だが、それを見ても、緊急に手術が必要な状態ではない事がわかる。


妻も、私同様、手術の必要性を感じておらず、むしろ体にメスを入れる事に慎重で、反対だった。しかも当時は家計が逼迫しており、家事を担っていた妻は、尚更だったろう。全身麻酔の手術には、高額な費用が掛かる。それがなぜ突然、手術をしようと言い出したのか? 当時、私たち夫婦は、11歳になるイシュが、ますます愛しく、長寿をひたすら願った。彼が居なくなる事など、想像するだけでも恐ろしかった。彼の体の、どんな些細な事でも、とても気になった。


定期健診に訪れた際、昔から気になっていたこの腫瘍を相談した妻に、獣医は、およそこんな事を言ったようだ。「(切除は)たいした手術ではない」、「特に危険は無い」、「ワンちゃんの事を考えたら、絶対に手術した方がいいですよ」。これでイシュの運命は決まった。


私は今も、はっきり覚えている。手術の翌日に、彼を引き取りに行った時のことを。


いつもの明るい調子で「チューちゃん」と声をかけたが、居ない。どんな時でも、声をかけると、すぐに、喜んでこちらに向かって飛び出してくるはずなのに。どこにも居ない。やがて、やや乱暴にスタッフに連れてこられたイシュを見て、私はさとった。私たちは、大変な事をしてしまったのだと。あの時のイシュの私たちを見る目。それは、初めて見る目つきだった。「・・・なんて事をしてくれたの? パパとママを信じていたのに・・・」、そういう不信感に満ちた目つきだった。


彼(イシュ)には、手術直後から、地獄の苦しみが待ち受けていた。そして、手術から2ヶ月も経たずに、息を引き取った。


人間は、誰でもミスを犯す。判断を誤り、しばしば罪も犯す。医療に携わる者は、たまたまそれが、命に関わるという違いがあるだけで、彼らにだけ完全を求めるのはアンフェアだ。それに、例えば、の話だが、あの獣医が、高級車を買いたくて、必要も無い手術を、営業した、としよう。だが、最終的に決断したのは、私たちだ。無知は許されない。イシュについて、誰よりもよく知っていなくてはならないし、少なくとも、セカンドオピニオンという発想ぐらいあっても良かったはずだ。


手術後、腹が膨張し続け、腹の縫い目が裂けた。獣医は、毎日レーザー光線をあてましょうという。毎日1万円程の出費だ。躊躇すると、「ワンちゃんの事を考えましょう」という。私は掌を骨折した事があり、医師に言われるまま同様の治療を何ヶ月も続けた経験があるが、私の体験では、何の効果も無かった。私には、診療報酬目当てとしか思えなかった。多くの論文を読んだが、それらは、私の考えを裏付けるものばかりだった。常識で考えれば、イシュの裂傷等が、光を当てるだけで治るはずがない。試しに、波長は違うが、傷口に懐中電灯を当ててみるがいい。カモにされて金をむしり取られた事を怒っている訳ではない。あの状態の患者を、毎日病院まで連れて行くのが、どれほど危険で体に負担をかけるか、胴慾浮華な御仁には想像出来ないのか、と言いたい。


さらに言えば、私たち夫婦にも、深刻な亀裂を生んだ。彼女からみれば、私は素人であり、獣医の意見を取るのは当然だ。光線治療に非協力的な事を言う私は、ロクデナシにしか思えなかっただろう。私が意見を言うと、彼女は激しく反発した。イシュの命を軽んじ、金を出し惜しみしていると判断したのだと思う。彼女は、わらをもつかむ気持ちで、獣医の言葉をひたすら信じ、言われるままに自分の全てを捧げていた。それほどイシュを愛していたのだ。誰が彼女を批判できようか。


イシュが死んだことを、妻が電話で獣医に伝えると、「良い葬儀屋さんを紹介しますよ~」と営業された。「どうする?」と聞かれ、私はこう答えた。「もうこれ以上、イシュを商売のネタにされたくない」と。

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庭中を飛び跳ねる元気なイシュ。手術の数日前

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乳周辺に腫瘍が見える。(同日)

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退院翌日

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死亡前日 腹と後肢が数倍に腫上っている




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第11話 老犬の格

2011年02月10日 06:53

家族犬は、年齢を重ねるほど価値が出る。飼い主との絆が、年齢を重ねるほど深まるからだ。また、犬も当然、経験によって学習する。1歳と10歳では、経験が10倍も違う。さらに、それらの積み重ねとして、年老いた犬には(ただし人間との充実した信頼関係を積み重ねてきた犬に限られるが)、何ともいえない温和で威厳のある、品格が備わってくる。これらは、そこまでの努力を積み重ねてきた者たちに対する、特別に認められたご褒美、といえよう。可愛いだけの子犬とは、レベルが違うのだ。


1才以下の子犬は論外として、2~3才の若犬でも、このような格式を求めるのは、無理がある。最低でも4歳から上だろう。調教で云々できる類のものではない。



残念なことに、妻が大の写真嫌いだった為に、イシュの写真はあまり残っていない。若い頃の写真はほとんど無い。最後の年の数ヶ月間に撮った写真が、いくらか豊富にあるだけだ。イシュが亡くなったのは11歳。チューちゃんは6歳(うん?5歳半ぐらいか)。病に苦しんだ子だったので、晩年は、年のわりには随分老けた感じだったが、あらためて写真を見比べてみると、イシュに比べ、チューちゃんは若いなあ、とつくづく思う。11歳と6歳とでは、やはり全然違う。もっともっと、駆け回りたい!、やんちゃしたい!、そう思っていただろうに、可哀想だった・・・。


チューちゃんの調教は、イシュと正反対にした。イシュは厳格に。チューちゃんは甘やかし放題の猫可愛がりに。



イシュは、乳腺腫瘍除去手術の後が悪化し、除去した所の内部から腫瘍が膨張。せっかく、くっ付いていた手術の後の縫い目が、内部から徐々に裂けるという最悪の事態となった。これについては後日また詳しく述べたい。 ・・・ いくら犬でも、おそらく地獄のような痛みだったはずだ。私は、ただ祈るのみだった・・・。

その反動で、チューちゃんの躾は甘くなった。いや、むしろ、やんちゃに飛び回るその元気さが、うれしかった。もっともっと元気で暴れて欲しいぐらいだった。まあそれでも、私も未熟な人間。虫の居所が悪くて、何回かひどい癇癪を起こした事はあった。しかし、ほんの数回だ。2回?3回?チューちゃんの生きていた6年足らずの間に、たったそれだけだ。言うまでもなく、殴る蹴るはゼロだった。ちなみに、犬に対する、いわゆる恐怖効果は、体罰よりも、乗馬用の鞭で、大きな音が出るテーブル等を叩いた方が、効果が大きい。(ただし頻繁にやると、慣れて効果が半減する)

気性は、チュータ(=ちびっ子=チューちゃん)の方が、はるかに激しかった。イシュとは比較にならないほど攻撃的で凶暴。すぐに牙をむき、けたたましく吼えた。典型的な、親兄弟から引き離されるのが早過ぎた子犬の症状だ。気質も、イシュが苦手だった雷、花火、暴走族の爆音、すべて平気だったから、度胸がある方だった。私が「ガロガロガオ~」と威嚇しても、いつもケロっとしていた。




しかし、なにせこちらは、11年間もドーベルマンを厳格に調教してきた男だ。その経験を生かせば、ちびっ子など猫の手をひねるように簡単。調教は思い通りに進んだ。基本はこうだ。 ~ 「チューちゃん可愛い!」

次回から、具体的な手口と体験を記したい。おっと、「コメント」にお答えしよう。「どちらの態度がいいか」・・・義務 対 傾向性、 自律的 対 他律的、 定言的 対 仮言的 ・・・これは、イマヌエル・カントを問いつめるような、とても難しい哲学的な質問だ。この難問に責任あるお答えをするには、しばらく時間をいただきたい。

「ゲージに入らない時どうすれば?」 これは簡単。音楽のリズムを使って自分を冷静に保ち、かつ楽しい雰囲気を作り、「ハウス♪ハウス♪」と、抱きかかえるようにゲージにしまい、ゲージに入ったら、「チューちゃん可愛い!おりこうだね!」と褒める。おやつをあげてもいい。そのうち「ハウス」と言うだけで、喜んでゲージに入るようになる。若い活発な時期に長時間入れっぱなしにしたり、ゲージを懲罰の牢屋代わりに使ったりしていると、ゲージを嫌がるようになる。怒鳴って入れても同じ。

私は逆にゲージを、彼らがくつろげる安全地帯にした。連中が何かイタズラをして私が癇癪をおこすと、イシュもチュータも、素早くゲージに逃げ込み、「へへへ」という顔をした。ドーベルマンは本当に賢い。だが私は彼らのはるか上を行っていた。ある日、細工をして、ゲージを、底を残して、残る全てを簡単に取り外せるようにした。そして、ちびっ子がまたイタズラをしてゲージに逃げ込むと、私が「ふふふ♪」と笑って、ゲージを取り外した。すると、「へへへ」と余裕の顔をしていたチュータの顔が一変。目を白黒してこの異変に驚愕し、チュータは、私の全能ぶりに平伏した。(実話)

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威厳みなぎるイシュ

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ゲージの出入り自由。名犬イシュの憩いの部屋。

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一方 ・・・ 早く出せ!と朝の雄たけび。やんちゃ坊主

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このヘタクソ!とバイオリン弾きの足を噛む ちびっ子ギャング!



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